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拾弐 幸せの形 ページ13

長い沈黙が流れる。今までにないくらいの静寂の中で、わたしは彼の目を見据える。
職人と依頼主。連絡を断とうと思えば、いつでも出来てしまうような、曖昧な関係。そんな関係だというのに、なぜ貴方は、わたしに優しいの?

「教えて……どうして貴方は」

わたしの側にいてくれたの?
自意識過剰なだけかもしれない。何度も、まさかねと頭の中で否定し続けてきた。なのに、貴方はいつも優しくて、眩しいから……わたしに歩み寄ってくれるから、期待してしまう。
好きなのに、言えないの。妹のような者なのだと、言いたいのに言えなくて、親友のように語り合う。
満足していた、それだけで充分だと。
なのに、貴方は時折、熱意のこもった目でわたしを見るから、期待してしまう。

「………………」

長い沈黙で、耳に痛い。
この人は、こんなに静かな人だっただろうか。こんなことは、今までなかったのに。

「……俺は、Aが好きだ」

静かな、けれどハッキリとした声で、杏寿郎は真っ直ぐにわたしを見つめ返す。そこに、嘘偽りはないのだと、わたしに知らせるように。

「俺は鬼殺の剣士だ。いつ死ぬかは分からん。2度と帰ってこないかもしれないような伴侶を得て、辛いのは待たされる側だ」

Aには、そんな思いをしてほしくない。そう告げる杏寿郎の声は、とても苦しそうで、悲しそうで、聞くだけで泣きたくなった。

「Aは、俺たちの世界とは無縁の生活を送ってほしい。夜の中に生きる俺たちのように、いつか来る死に、君を巻き込みたくはない」
「……ふざけないでください」

いつよりも、低い声が出た気がする。目の前で、杏寿郎が目を見開いているが、そんなことなど御構い無しに、わたしは杏寿郎に詰め寄る。

「わたしの幸せを、貴方が決めないで。わたしは貴方の隣にいたいんです。例えそれが辛くても、貴方の側にいたいんです」

わたしは貴方のために戦えない。だから、貴方を助けることもできない。貴方が言いたいことも、痛いくらいに分かる。
そんな優しい貴方だから、わたしは好きになった。

「わたしは貴方が好きです」

ミモザの下で出会ったあのときから、わたしは貴方が好きなんです。
高まる感情に、涙がこみ上げてきて、見られまいと俯いたとき、頬に誰かが触れた。それは、杏寿郎の手だった。

「……本当に、俺で良いのか?」
「据え膳食わぬは男の恥、ですよ」

そうだった、と笑うその人は、いつものあの人の目だった。真っ直ぐで、迷いなんてない人の。

拾参 波→←拾壱 虚ろ



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squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時

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