【nrs】長崎の暴走列車、ブレーキを担当しております。【男主】 (ページ25)

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PCに向かってひたすらにキーボードを叩く。昼頃に集中をし始めて、視界の端に映るデスクトップの時刻は夕方を指していた。いくら柔らかいクッション素材と言えど、何時間もヘッドホンをつけっぱなしにしていると流石に耳が痛い。ひとまずキリのいいところまで進めたのでヘッドホンを外すと、少し小さく、ピアノの音が聞こえた。乱雑で、助けを求めるような音。これは彼の音だ。いつ来たんだろうか。部屋を出て、ちらりと彼がいるであろうキーボードのところに向かうと、一心不乱に弾き続ける彼の姿。こちらに気づく様子は無く、焦ったように鍵盤を叩いていた。
とりあえずご飯を用意しようと、実家で教わった和食を揃える。数十分かけてなかなかいい出来になった夕食を並べて、彼の肩を叩けば驚いたような顔がこちらを見た。

「……A、ごはんたべよ」

作ってくれたの？と笑った彼はやっぱりどこか疲れていて、あぁもしかしたらまだ彼には音楽を近づけるのは早かったのかもしれない、なんて少し後悔。音楽に沢山傷つけられて、それでも離れられない彼と、音楽からいつでも離れられるけど音楽が大好きな俺。状況は正反対。きっと、幼馴染でもなければ友達にすらなれていなかっただろう。そんな彼を引っ張ってダイニングテーブルの席に座らせる。和食に少しだけ笑顔を取り戻したAに心の中でほっとして、二人で食べ始めた。

暫く無音が続いて、いつもなら心地いいはずのそれがやけに気まずくて、少し焦って会話を探す。出てきたのはやっぱり音楽の話だった。

「いい音だったね、さっきの。」
「そう？適当に弾いてたからもう覚えてないや」
「そう。」

そこで会話が終わって、箸で焼き鮭を摘んでから、一呼吸おいて話しかけた。

「A。」

Aは、何が怖いの？

そう問いかけた俺に彼は今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべた。

「なにが？」

誤魔化すようなその返事に、これ以上は聞くなという彼からの圧。これだけ長く付き合いがあると言うのに、彼はまだ俺に心を許さない。
ねえ。まだ、踏み込ませてくれないの、A。

そんな問いは俺が飲み込んだ味噌汁と一緒に、喉奥までするりと滑り落ちてしまった。