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ふらふらと歩いてなるせの家に向かう。今頃彼は作業だろうか。合鍵を掴んできたから、無断で入っても許されるだろうか。頭では冷静にそんなことを考えているのに、体は全く言うことを聞かずそのまま気がつけばエントランスもくぐってなるせの家の玄関にいた。鍵を差し込んで回せば簡単に開く扉。静かに開けて、靴を脱げば傍になるせがいつも履いている靴もあって家にいると分かり一安心。
廊下から作業部屋をこっそり覗けば制作中のようでヘッドホンをつけたまま、こちらを振り向くことは無かった。そんな彼に言葉をかける勇気も無く、そのまま隣の部屋に入り込む。キーボードと本だけが置いてあるその部屋は、なるせが余った部屋に作ってくれた俺のための部屋だった。キーボードの傍にある丸椅子を移動させ、座る。電源をつけて弾き出すともう手は止まらなくて、思いをぶつけるように、零れた思いを落とさないように。まるで、自分の感情に音をつけるように。叩きつけるようにして鳴らされた鍵盤は酷く痛々しい音を出して、軋む。醜いその音は自分にとって罵倒のように聞こえて、それが更に苦しくなってより一層早く、早く指を動かした。
誰にも叱られないように、誰にも、見つからないように。ピアノを習っていた人間とは思えないようなその音は、どれくらい時間が経ったのか、真昼だったはずの空が暗くなって肌寒くなった頃に肩を叩かれて急に止まった。
「……A、ごはんたべよ」
「うん、作ってくれたの？」
そう言って彼について行くと、そこには和食が並んでいた。焼き鮭と、味噌汁と、煮物。なるせの実家でよく食べた献立が懐かしくて笑みが毀れる。2人で手を合わせて食べ始めると、暫くして黙りこくっていたなるせが急にしゃべり出した。
「いい音だったね、さっきの。」
「そう？適当に弾いてたからもう覚えてないや」
「そう。…………ねえ、A」
返事をすることは出来なかった。彼のその声色が、何を言いたいのか簡単に分かってしまうような音だったから。メトロノームを刻むように大きな音を立てる俺の心音をかき消すようになるせが口を開いたのを、俺は静かに見届けることしか出来なかった。
「ねぇ、A。Aは、何が怖いの？」
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作者名：橘 | 作成日時：2022年1月16日 22時
