第36話 本の話 ページ38
「おかえりA」
「えぇ、ただいま…昨日は真琴が迷惑掛けてごめんなさいね」
「迷惑だなんて思っていないさ」
走り込みをしていた夏油は汗をタオルで拭きながら私の隣に並ぶ。夏油は珍しく忙しなく視線を動かしていて少し不審だ。
「あのさ」
「なに?」
「いや、ごめん、何でもないよ」
「…へんな夏油」
言い淀むなんて珍しい。
頭の中で言葉を並べてから喋る様な人なのに。
疲れているのだろうか?
部屋に帰ってもいいが何故か先程から着いてくる夏油も一緒に行くのは些か面倒である。何となく、自販機前に行きスポーツドリンクを一つ購入した。
「はい」
ポイと放り投げたそれを容易く片手で受け取った夏油は首を傾げる。
「頑張っているみたいだからご褒美?」
「ふはっなんで疑問形なんだい?Aは時々おかしなことをするね」
キョトンとした表情から一点、今は笑いが堪えきれないといった風に吹き出す夏油はいつもと変わらない。
「ありがとうA。有難く頂くよ」
「えぇ」
ベンチに座った夏油の横に何となく座る。
話す事も無いが態々離れることも無い。
手持ちの小説をペラリと捲る。
何の変哲もない小説はいつも読んでいるからか手に馴染む。
「Aは読書が好きだね」
「…そうかな」
「いつも読んでいるじゃないか」
私もそこそこ嗜むけれどAはそれ以上だ、と私の手元の小説を覗き込みながら言う。
自分では意識していなかったが確かに記憶を探ると私はよく本を読んでいる気がする。まぁ、全部雨のものでその雨から外の世界を知る為に読んどきなよと渡されたものなのだ。
「それ面白い?」
「普通」
「小説は当たり外れがあるよね」
夏油は私がこの間読んだ本は酷かった。最終的に全員死んだよとケロリと話す。確かに全員死ぬのはあまり面白味を感じない。
「今度オススメの小説を貸してよ」
「…気が向いたらね」
私自身、小説を買わない。
何冊かは持っているが善し悪しが分からないし態々出掛けるのもあまり好まないからいつも雨が渡してくる小説を読むことが多い。
「それ絶対貸さないやつだろう?何だったらそれを貸してくれてもいいよ」
「これは、借り物だから」
「図書館かい?」
「違う。…友人からの借り物」
本当は異母兄弟だけれど。
本当の事を言う必要性は無いしあまり聞かせたい話ではない。
「…へぇ、そうなんだ」
不思議と途絶えた会話に夏油の顔を見上げると眉間に皺を寄せ何かを考えているようだった。
139人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
卯月@スイ(プロフ) - ナッツさん» コメントありがとうございます!!がんばりますね! (2021年1月20日 7時) (レス) id: 6ffd6a43ea (このIDを非表示/違反報告)
ナッツ(プロフ) - ニヤニヤしながら見てしまいました(^^)更新楽しみにしていますっ! (2021年1月19日 22時) (レス) id: 528660073f (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:卯月@スイ | 作者ホームページ:http://weareasas
作成日時:2021年1月14日 15時