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ページ49

隆二 side

『…出てきたんだ、お前』

「…」

洗面所でバケツに水を入れる男に呟くと男はチラリとこちらに視線を移した。

『なんでここにいんだよ』

「…さぁな、成り行き」

つまんなそうな男の声を聞いた瞬間、一瞬ここがどこだか分からなくなった。

「お前は」

バケツの中を覗いて小さく舌打ちをした男が、洗面器の中にバケツの水をぶちまける

『さぁな』

言葉を返すと男は小馬鹿にしたように鼻で笑った

「お前はもう少しまともかと思ったけど」

排水溝に吸い込まれた水を見下ろして、再び蛇口を捻りバケツに水を溜め始めた男が、吐き捨てるように言った

「変わんねぇなお前も」

男の言葉に、頭に血が上るのが分かった。

『お前と一緒にすんな』

分かったような口聞くんじゃねぇよ

低く吐き出した俺の声に、蛇口の水が止まる音が響いた

「一緒だろ。」

「お前も娑婆で生きられねぇじゃん」

冷たく吐き捨てた言葉に、胸が抉られた気がした。

なんだよ、結局、全部、俺が悪いのかよ。

『…』

そう思った瞬間、どうでも良くなって、

『だな』

小さく呟いて、脱衣場を後にしようと男に背を向けた俺の足を止めたのは、

「隆二」

静かな声で、はっきりと呼ばれた俺の名前だった。

『…』

「便所掃除、手伝え」

水の入ったバケツを差し出す男を見つめる俺は、どんな表情をしていたのか。

俺を見て少し眉間に皺を寄せた男がさらにバケツを突き出す。

『お前…俺の名前、』

「早く持てよ」

無表情の男の苛立たしげな声に、反射的にバケツを受け取ると、床に置かれていた雑巾を洗面所で濡らす男

『名前、なんで、』

ただ疑問を繰り返す俺を見ずに雑巾を絞る男が視線を向ける。

「あんな馬鹿みてぇな自己紹介されたら、覚えたくなくても覚えるっつの」



薄暗い少年院での、薄暗い生活

号令とチャイムの音で生活する日々

隣で掃除する奴の顔しか知らないことがもどかしくて

教官の視線に止まらないように、叩いた肩。

ーなぁ、お前、ここの掃除分かる?俺、今日ここ初めてなんだけどさー

鬱陶しそうな表情と視線が、俺を貫く

ーあ!俺、隆二ね、今市隆二!よろしく!で、ここ掃除する箒、どこにあるか知らねぇ?ー

ー知らねぇよ、自分で探せー



あの一瞬で終わった会話。

その後、俺が出院する日まで、二度と会話をすることはなかった。

あの時、雑に告げた俺の名前を、こいつは、覚えてたのか。

俺を見つめる男の口元が、ほんの一瞬、ふわりと微笑んだ。

都合のいいように出来ているらしい→←▽



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happytaimama(プロフ) - 今晩は。こちらの作品何度も読み返して読ませてもらっています。続きを読みたいので、パスワードを教えていただけますか?宜しくお願いします。 (2月16日 18時) (レス) id: 4f1df4c5a4 (このIDを非表示/違反報告)
美姫(プロフ) - 感動しました。 (2020年12月16日 14時) (レス) id: ac5aee6225 (このIDを非表示/違反報告)
梨紗(プロフ) - もう更新はないのでしょうか……? (2019年1月25日 23時) (レス) id: 5703e26db8 (このIDを非表示/違反報告)
м i i(プロフ) - 続き楽しみにしています!! (2018年12月28日 1時) (レス) id: 223aa4411e (このIDを非表示/違反報告)
あかり(プロフ) - 待ってますすすすby mj (2018年12月24日 18時) (レス) id: 866e6acc2f (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:jiu. | 作成日時:2017年11月22日 11時

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