10.熱、伝わる ページ10
｢ごめん待った？｣
もう慣れた絵の具の匂い。薄暗い部屋の中で、丸い時計の短針は4を指している。
｢っ、全然！！！｣
夏服移行期間で長袖から半袖に変わったセンパイ。白いシャツから覗く腕や首は、周りの男子と比べてしっかりと太くて大人だなあ、と思う。
｢ねぇ聞いてよAちゃん、俺さ、この間の中間めちゃくちゃ頑張ったのに、学年順位下から数えた方が早かった｣
｢え、あんなに頑張ってたのに？｣
｢そう、知ってるでしょAちゃん俺の頑張り！！特ににのみーの教科がやばくてさ！めちゃくちゃ勉強した！って言ってるのに信じてくれないの｣
拗ねたように唇を尖らせてるセンパイが、成績表を私に見せてくる。
3年4組 岸優太と書かれた所を少しだけ指でなぞってみる。ドキドキが加速して、隣にいるセンパイに聞こえてしまいそうだった。
｢…でもマジで頑張らなきゃなぁ。志望校余裕で届くぐらいにしないと｣
｢そんなに頭いいところなんですか？｣
｢まぁね。今の俺レベルじゃ絶っっっ対！100無理！命かける！｣
｢それ自分で言っちゃダメなやつです｣
毎週水曜日に会って何を話すって、本当にくだらない小さなこと。
会わない1週間にこんなことがあったよ。友達がこんなことしてて面白かったんだ。そういえば俺髪の毛切ったの分かる？
周りから見たらくだらない時間かもしれないけど、でも私にとっては凄く大切な時間だった。
｢それ、凄い似合ってるね｣
｢え？何のことですか？｣
｢これ｣
前まで荷物ひとつ分空いていた隙間は、最近いつの間にか無くなっていて、私とセンパイの距離は約10センチ。
伸びてきた腕。大きな手。綺麗な長い指先が、私の髪の方へと向かう。
するり、と撫でられた髪の毛。嬉しそうに揺れた。
｢巻いたの？｣
｢…っ、｣
｢3年になると周りの女子みんな化粧もするし髪の毛も巻いてるけど、ーー...｣
頭が真っ白。髪の毛から熱なんて伝わらないはずなのに。分かってるのに。
髪の毛を通して、センパイの熱が伝わってくる。私の熱もドキドキも伝わってしまいそう。
・
・
｢ーー…Aちゃんがいちばんかわいい｣
・
・
生温い風に乗って香る先輩のちょっとだけ甘い柔軟剤の香り。
心が好きだと叫ぶ。
*
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作者名：みう
| 作成日時：2021年9月9日 11時
