【志麻】カクテル/鎖座波 ページ7
ダン！とビールが入っていたジョッキをカウンターに叩き付ける。
イライラをそのまま物にぶつけても、そのイライラが収まることは無かった。
｢ニコバー｣と呼ばれるバーに通い始めて数週間。ここの環境が心地よかった。が、今日は違う。
スマホ片手にキャッキャと騒ぐ人、音楽を聴きながらカクテルを飲む人、仲間内でワイワイと酒を煽る人。
｢あ〜……やだ…｣
一人で小さく呟き、バーのカウンターにうつ伏せる。全く、何だと言うのだ。普段ならば心地の良い場所だったと言うのに今は心の底から不快でしかない。それならば家に帰れと言われるかもしれないが、家に帰った所で虚しさと孤独感、虚無感が押し寄せて来るだけなので辞めておいた。
｢何や、オネーサン今日は荒れてますねぇ｣
｢……ですね。もう酒飲んで全部忘れます…｣
次！と大声でビールジョッキを声をかけてきた男の人に突き出す。彼とはここで知り合っては二週間ほどとなる。
｢何があったか話しませんか？ほら、俺ならよう知りもせん男で敢えて話しやすいでしょう｣
｢んん………振られたんですよ。ふーらーれーたー…｣
｢えぇ、また何で？｣
｢浮気されてたんです。元カレとは職場も一緒だったんですけど、相手の浮気相手とも職場が一緒だったんです。そのままの勢いで会社辞めてきちゃいました｣
酒が入れば入るほどどんどん饒舌になって行き、止まることを知らない私の口は元カレに対する不満ばかりを吐き出す。
浮気している事は薄々勘付いてはいた。だが、今日それが確信に変わった。
見てしまったのだ。
キスをしている所を。
彼に問い詰めると、数ヶ月前から付き合っており、今はAより彼女の事が好きだから別れよう、とのことであった。
｢オネーサンみたいな美女放っとくなんてその男見る目ないなぁ！｣
｢またぁ、そう言って何人もの女口説いて来たんでしょう！｣
｢嫌やなぁ、本心ですって！｣
｢そう言って貰えてありがたいですよ…あ〜仕事どうしよう…｣
今日何度目とも知れない大きな大きな溜め息を吐けば、目の前の彼がニヒルに口元を歪ませる。
(あ、やっぱイケメンだわ)
だなんて呑気な事を考えながらも酒を煽る手は止まらない。
｢じゃあ、ここで働きませんか？｣
｢ぃよっし採用〜！ここで働く〜！｣
採用される側はどちらなのか、と言いたくなるだろうが酔っている私にはもうどうでもいい事なのだ。
かくして私はここ｢ニコバー｣として働くことになっていた。
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