濃藍色の恋と愛(河原美羽奈) ページ23
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暗いね。
そう呟いた僕の言葉は、繁華街を少し離れた道に思いの外はっきりと響いた。
二人きり、という雰囲気に呑まれて口から出てきた言葉は、碌に脳を通っていない気がする。
何の意味もない言葉。
すっかり暗くなって、薄くくもりがかった紺の空に対してなのか、街灯も十分にない道に対してなのか。
今更取り消すこともできず、ううん、と曖昧な返事をしてくれた彼女に何かを言うこともできず。沈黙はより確りとしたものになり、気まずさと蝉の鳴き声だけが、僕らの周りに纏わりついている。
だから断るべきだったんだ。まともに話したこともないクラスメイトからの、一緒に帰ろう、ってお誘いなんて。
塾の帰りは薄暗い。過保護そうな彼女の母親が、誰かと一緒に帰ってきなさいと言ったのも、容易に想像がつく。それでも。
「先生に質問してたら、周りの女の子みんな帰っちゃって。お願い、私の家の前まででいいからっ」
お願いします、と両手を合わせられれば、多少図々しい願いでも何となく許す気になってしまう。
すげなく断って、気性の荒い彼女の友人たちにバッシングでもされたら今後の僕の信頼に関わる。何より、男の返事は常に"All right."でなければいけない、と厳格な九州男児(カッコつけたおっさん)である父からいつも言われている。
夏期講習をこんなに遅くまでやらせるなんて、と罪のない塾に愚痴りたくなる気持ちも理解してほしい。塾に行きたい、と親に宣言したのは僕だし、他の塾ではもっと遅くまでやっているところもあると聞く。
なにより僕らは中学三年生だ。後輩たちより期待も、重圧も、不安も不便も多い。受験生だから、は言い訳にならないと言われながら、ナーバスになっている気持ちを汲み取ってくれないんだから。
勿論、そんな女々しい、なよなよとした気持ちを悟られるわけにもいかない。自転車を押しながら不思議そうにこちらを見る彼女の顔はやっぱり綺麗だ。何事もないような表情で頷き、思い出したように広い歩道の車道側を代わる。
今更、と思われるのも嫌だけど、気遣いのできない男だと思われるのはもっと嫌だった。
それでも一番、嫌なのは。
片想いをしている同級生に言葉を伝えることもできない、僕という弱い存在と、受験生なのに色恋に現を抜かしている、と親や先生たち大人に思われたくない、ちっぽけな僕の自尊心だった。
そんな黒い感情を押し流すように、何となく君に視線を向け、ほっと息をついた。
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