彼がホストだったら……(T.M ver.)-Vol,2-

T.M-58 ページ8

仕事場の近く、なおかつ勤務時間直前。
ホスト姿の貴くんとは、手さえ繋げない。
カルテットのお客様に見られ、勝手な噂が立つと、私に迷惑がかかるからって。
いくら友達営業だとしても、彼に想いを寄せている女性はたくさん居る。
もし、そういう人たちに目撃された時の、私の身を案じてくれているようだった。
寂しい気持ちもあるけれど、我儘は言えない。
ホストの貴は、私だけのものじゃないんだし……。

「ありがとう、送ってくれて」

名残惜しい気持ちを抑え、笑顔を作る。
ホストの彼と付き合うには、大人の余裕が必要だ。
決して、うざい女にはなりたくない。迷惑もかけたくない。
だって、貴くんは夢を叶える為に頑張っているのだから。

「……気を付けて」
「うん。貴くんも、お仕事頑張ってね」
「ありがとう」
「じゃ、またね」

もっと一緒に居たい気持ちを堪え、なんでもないふりをして手を振ると、私は一歩踏み出した。
……その瞬間、グッと腕を掴まれる。
驚いて振り返ると、貴くんが私をジッと見つめていた。

「え……な、何？」
「やっぱり、店にも来てくれない？」
「……えっ？」

突然の言葉に固まっていると、貴くんがつらそうに眉を寄せる。

「ごめん。俺の方が我慢出来ない。もっと一緒に居たい」
「……っ……」
「また俺と、朝まで過ごしてほしいんだけど……ダメ？」

……こんな貴くん、初めて見た。
いつもは余裕たっぷりで、少しの時間しか一緒に居られなくても、笑顔でバイバイしていたのに。
今はすがるような目で、私を見つめている。
それを見ていると、もしかして彼も私と同じなんだろうか？と気づいた。
恋人同士になってからも、すれ違いの日々。ろくにゆっくりと時間を過ごせなくて。
我慢してるのは私だけだと思ってたけど……貴くんも？

「……一緒に居たい、私も」

自然と、その言葉が唇から零れていた。
大好きな人から、そんなお願いされて、断れるわけがない。
むしろ、私の方が貴くんとずっと過ごしたい。
だって、そう……本音が言えなかっただけだもん。

「マジで？……はぁーっ、よかった。断られたらどうしようかと思った……」

両膝に手をつき、深く安堵の息を吐く貴くん。
その姿に、胸がきゅんとときめいた。
あぁ、私たち、ちゃんとお互いを求めてるんだ。好きなんだなって。

「そんなわけないよ。私だって、ホントは帰りたくなかったもん」

勇気を出して、ホントの気持ちを伝えてみる。
もう自分を飾るのはやめようと思ったから。

T.M-59→←T.M-57

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す