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 「そろそろ舟を降りた方がいいと思うよ。列車の時間もあるし、僕はもうちょっと歩きたいな」

 英智が言った。

 「そうじゃな。列車もそう長くはとどまるまい。乗り遅れぬようにな」

 かささぎの青年はそう言って、岸で舟を押さえてくれた。A、英智、千秋の順に降り、3人は丁寧に青年に礼を言った。

 「お構いなく、というものじゃ。こちらも久しぶりに生身の人間に会ったからのう、テンションが上がってしまってな。我輩も楽しませてもらった。ではまた、銀河の旅を楽しむが良い。美しいものと触れて少しでも成長したなら、銀河鉄道もまた本望じゃろうて」

 かささぎの青年はそう言って笑った。

 「生身の人間……」

 「そうじゃ。ここへは普段は死者ばかりが来るからのう。やむにやまれぬ事情で罪を犯した、罪なき魂のための舟、それがこれじゃ。誰が言ったか、今では通称『高瀬舟』……全くもって本来の意味とは違いそうじゃがのう」

 『高瀬舟』。自 殺に失敗して死に損なった弟にとどめをさした兄が罪人として流刑を受ける、その兄と舟の漕ぎ手が会話する短編だった気がする。書いたのはたしか……。

 「森鷗外、だな」

 千秋が言った。

 「うん、同じようでだいぶ違う意味合いになってるねぇ」

 英智がくすくすと笑った。

 「それじゃあ僕らだって、やむにやまれぬ事情で罪を犯してここに来たのかもしれないし。けど僕は違うね、だってこの魂に重ねられた罪は僕の意志で犯したんだ」

 「罪……」

 Aは、兄を思った。それから、仕事で忙しい両親を思った。
 広い家の維持、掃除や洗濯などの家事は、お手伝いさんたちがやっている。兄が時に手伝う中、手伝うどころか持病だったり身体の弱さだったりで臥してばかりのAは、口に出されずとも疎まれていることを、肌にしみて感じていた。一度など、忌み子とまで言われたこともある(そのお手伝いさんは、兄が両親に報告したことにより即日辞めさせられた)。
 後ろ暗いところなく生きてきたつもりではあるが、それでも自分に罪があるのならきっと、「生きていること」そのものなのではないかな、とAは思った。緑色の通行券ではなくて、灰色の正規切符があったらどんなに良かったか。そうしたらきっと、兄も両親もずっと楽に、自由に生きていかれるだろうに。

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Chris(プロフ) - 冬枯さん» コメントありがとうございます。嬉しさで机殴りながら返信打ってます(だって初コメ……初コメ……!!)。遅々として進まない筆で申し訳ありませんが、少しずつでも更新してまいりますので今後もお楽しみいただければ幸いです。 (2020年8月21日 20時) (レス) id: 313ba381d4 (このIDを非表示/違反報告)
冬枯(プロフ) - 楽しく読ませて頂いております!自分も友達から勧められ、新シリーズから始めた者です。流星の篝火は無理です。本当に無理。良い話すぎて泣きます。良さの反動と言えど、文を紡いでいくのはすごいと思います!これからも更新楽しみに待ってます! (2020年8月21日 19時) (レス) id: ec10afebdf (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Chris | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/chrisinfo/  
作成日時:2020年6月13日 0時

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