【本編小説】この夏は君と。 (ページ5)

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◇朝食と手紙［紅邑色羽］ページ5

コンコン、と部屋の扉をノックする音が響く。
ふと時計を見れば時刻は八時頃。普通の人なら学校へ向かっている頃だ。
もうすぐ始まる夏休みに胸を踊らせながら友達と登校するんだろう。
僕は学校に行ってない。……誰かに顔を合わせるのが怖いから。

「色羽、手紙来てたよ」

「……置いといて」

扉越しに、顔も合わせず会話する。
学校に行かない僕にとってはこの部屋の中が全てだ。
一日の殆どをこの部屋の中、もっと言えば布団の上で過ごしている。

「うん、じゃあご飯と一緒に置いとくね。お母さんはもう行くから」

階段を降りる音が聞こえる。
そして家の扉が閉まり、車のエンジン音が聞こえてきたあたりで、やっと僕は扉へ近づいた。
意味もなく壁に掛けられた鏡を覗いてみる。
真紅の髪をハーフツインにした女の子が映って居た。鏡越しに僕を覗き込む女の子は、僕が手を伸ばせば同じように手を伸ばしてくる。

……それは僕だ。鏡なんだから当たり前だろう。

下らない茶番に終止符を打ち、そっとドアノブに手を掛けて開けてみる。
トレイに乗っているのは、ラップの掛けられた朝ごはん。それから白い封筒だった。
部屋の中のローテーブルにトレイを置いて、封筒に視線を移す。

今時手紙なんて珍しい手段を使うな。電話やメールで用を済ませられる時代なのだから、知り合いからなら態々手紙だなんて書かないだろう。学校からのプリントでもなさそうだ。
では誰から？
案外重みのある封筒を手に取り確認してみるが、差出人は不明だった。

『紅邑色羽様』

宛名だけがくっきりと書かれている。
普段なら食べ終わった食事と共に部屋の外に出しただろう。
それなのに、今日は何故かその手紙を読もうと思った。

封筒の中からは写真と手紙の他に、アンティーク調の鍵が出てきた。僕の髪と同じ赤色の宝石が付いている。封筒が重かったのは鍵が入っていたからか。
二つに折られた手紙を開くと、読む気も失せそうな長文が目に入る。
折り目正しい時候の挨拶で始まっており、この時点で何時もの僕なら部屋の外にポイだ。
しかし、何故だか分からないが今日はそんな事気にも留めず、かなり長文の招待状を＿＿ある程度時間は掛かったが＿＿最後まで読み切った。

本文は長いので割愛するが、つまるところこれは招待状だ。

幸い返事を考える時間は沢山ある。
暫く手紙を眺めて物思いに耽り、ハッと我に返った頃には既に机の上の朝食は冷めきって居た。
……あとで温めよう。