爪先まで愛してる(zm) ページ2
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母は指先まで綺麗なひとだった。身内贔屓出来るほど愛着も親愛も持ってはいなかったけれど、母の仕事に対する姿勢とそのうつくしさだけは迷いなく首肯できるくらいに尊敬していた。確かに、伸びきって二枚になりかけている爪なんかより、切り揃えて隙間なく色を落とした方がずっといい。見た目も、それから気分だって。
ぱちぱち硬い音をたてて整えた爪に細かくやすりをかけていると、隣で丸まっていたゾムが興味深そうにこちらの手元を覗き込んでくる。特に何を言うことも無くその上に乗せる色を思案していれば、ふらりと立ち上がった彼は奥の部屋に引っ込んで行った。休日の午後は静かだ。両手の指をぱっと伸ばして考える。しばらく人に会う予定もないし、遊んでみてもいいかもしれない。目の覚めるようなターコイズブルーを敷き詰めたり、普段は使いずらい多色のグリッターを散らしたり、新しく買ったシックな赤を試すのもいいかもしれないな。うきうきするような色と輝きにトップコートで蓋をして、そんなことを考えるだけで舞い上がってしまえるんだから、女の子なんてたいがい単純だ。
マニキュアを選びに自室に戻ろうと立ち上がれば、ちょうど戻って来たゾムに押し付けられるように何かを渡される。手のひらに収まるそのガラス瓶には、柔らかい黄緑が詰まっていた。
「それ塗ってや、その色好きやねん」
似合うと思ってん、なんて言い訳みたいに付け加えられてしまえば断る理由なんてなくて。指で確かめるように撫でたそれにゾムの体温が移ってぬるくなっているのが酷く嬉しい。頬を搔いてまた丸まろうとするゾムの手を握る。そのまま礼を告げれば安心したようにふにゃりと笑うからそれに釣られて私も笑った。
そうだ、買い物に行こう。春の若草の色を丁寧に爪に垂らしながらそう思う。昨日腕を奮って用意したご馳走たちも隣の男が食べ尽くしてしまったし。いつものスーパーに行って今日の献立を考えて。薄紅の豚バラとか昨日きれたケチャップとか、そういうものにこの爪先はきっとよく映えるだろう。そして、荷物持ち役のゾムに見せびらかすのだ。世界で一番、あなたの好きな色が似合うのは私だって。
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作者名：錆山 | 作成日時：2021年2月26日 20時
