第七十四幕 四頁 ページ17
慌てた様な声が四人分。
其を遮る水音は、遠くで聞く涼やかなものとは掛け離れた低く鼓膜を敲く騒音。
そんな音と同時に全身を敲く湯は熱く、女風呂よりも高温なのでは無いかと惘考えながら、湯中に揺蕩う袖は純白で重色目の紅が覗いていた。
有能ながらも自由気侭らしい羽織は如何やら逃げ出したかと、賢明な判断を下した彼女を思っていれば、伸びてきた腕に抱えられて湯面から引っ張り上げられる。
「A！」
「...、.....大丈夫、聞こえてる」
沈んだ湯から救出して呉れたらしいリクオに支えられつつ、数秒振りに空気に触れた肺が驚愕して数回咳込む背を規則的に撫でられる。
「わ、悪い...その.....蹴り飛ばされると思ってたから、つい...」
「淡島」
頭上から鼓膜を揺らす声は知り得る中でも取り分け低くく、無意識なのか珍しく怒気を顕にするリクオが揺らめかせる畏は湯面を乱し、天邪鬼を始め妖達に緊張を走らせていく。
止めないと、と顔を上げるのと同時。
纏めていた髪が解れ、湯に濡れた白銀が流れ落ちていく。
「あ...」
小さく漏れた声より早く手が後頭部へ回るが、其処は湯に濡れた髪だけ。拙い、と咄嗟に振り返ろうと湯面へと視線を移した先。
「ほら」
リクオの手に受け止められたらしい簪が、歩揺の飾りを揺らしながら軽やかな音を奏でる。
「.....よかった」
差し出された其を受け取って安堵の息を吐く。湯に沈んだとしても拾えば問題は無いのだが、此だけは手放す訳にはいかない。
「あの...月姫、さん？」
簪を両手に握り締めつつ、すっかり険悪さを収めたリクオに慰める様に頭を撫でられる私へ怖ず怖ずと声を掛けてきた天邪鬼は、へっぴり腰を体現した雰囲気を醸し出しながらリクオと私を交互に見遣ってくる。
「私は別に怒ってない。怒ってたのはリクオ」
簪を一度帯へ差込み、湯を滴らせる髪を纏めて飾り直す。
「淡島、同じ時間に風呂来んなよ」
「...は、はい.....」
お世話になっている身で中々な言い分だが、彼の何処を起点としたのか定かでは無い怒りが収まるのなら何でも良い。天邪鬼も同様の思考なのか、敬語全開で頷いている。
「誰かに服借りてくる」
持ち上げた袖は水滴どころか滝の様に湯を落とし、重量を増し過ぎた袴で湯から上がると止めどなく水分が地面に叩き付けられていく。
「...待ってろ、オレも行く」
「......うん」
羽織すら寄って来ない濡れ鼠の儘、取り敢えず袖を絞ってみた。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2023年9月25日 14時
