指導医はオペ室の悪魔4【ブラックペアン】

第152話：一時間1 ページ7

しょぼくれているというより、ふてくされている。
思いあぐねて諦めて、それでも答えを探そうとして、繰り返した。
やがて疲れてしまった自分を恨んでいるかのような。

昼。仮眠室で教え子を待っていれば肝心の本人は浮かない顔で渡海の前に現れた。


「……お呼びでしょうか」
「ん」


渡海はそんな彼女に何か問うようなこともない。昨日と同じように、ぽんぽんとソファを叩く。

Aは数秒ほど諦めたように天を仰いだあと、素直に渡海の隣に腰がける。

胸ポケットに収めていたペンやライト、名札などを机上に置く。
彼女は渡海の方を向くが、目線は外れたままだ。

渡海は黙ってAの胴体を抱き寄せた。

健康的な女性の身体だった。それでも男性よりも一回り小さい。
とくとくと僅かに心臓の音がする。

彼はそのまま前方に倒れて、顔を彼女の首元に埋めた。


「……この体勢、私を潰すかもしれないという懸念はないんですか」
「ない」
「…そうですか」





はぁー、とAは思い切り溜息を吐く。

なんだ、これ。

渡海に枕にされて数分。今更ながら、この珍妙な光景に頭が痛くなってきた。

男女がソファに共に倒れ込んでいる上に、(絵面的に)抱き合っている。意味が分からない。

渡海はあたかもそれが当然のように自分を抱いて倒れたが、この男の感覚もおかしいのではないか。
虚ろな目で、仮眠室の天井をAは見ていた。

渡海といえば、「一時間な」と言ったきり何も発さない。一応は睡眠状態にあるらしい。

不安定じゃないのかとか、ベッドの方がいいんじゃないのかとか、色々言いたいことはある。

Aはやれやれといった面持で、ようやく彼の背中に腕を置いた。


「なーんでこれがお礼になるんだ…」


正直、看病してもらった礼として割にあっているのだろうか。
…あってない気がする。主にこちらが損を被っている気がしてならない。

そんな頭の片隅で、数時間ほど前の出来事を考えていた。


きっとあの言葉は木下に聞こえていただろう。彼女を困らせてしまっただろうか。

酷い医者だと後ろ指さされても、自分は文句は言えない。


(でも…医療って、そういうもんなんだ…)


Aは後悔していないと言えば嘘になる。
他にも、梓紗を治すための薬はある。時間はかかるだろうが、ゆっくり治していける。

それでもAは新薬を選んだ。木下と渡海がそう選んだように。

「犠牲」という言い方は、これまでの医療の礎となった者たちに対して無礼だろう。

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