指導医はオペ室の悪魔4【ブラックペアン】

第194話：速水の疑問 ページ49

三日連続の当直を(危うさを残しながらも)こなしたAは、
医局の本棚のファイルを片付けながら、速水と会話を交わしていた。

会話といっても、速水がAに何かを問うているだけなのだが。

速水は速水で己のこなすべき作業を淡々と進めていた。
共用のソファに腰掛け、机上に広がった数十枚の紙の上にペンを走らせる。

互いに身体の向きも顔も目も合わさずじまい。

つまりその会話がとても無気力で両者ともにどこか無関心だという事は伺えるが、
しかしAは非常に難しい表情をしていた。

彼女を見もしない速水はそんな些細なことに気づかないわけだが。


(効率かあ…、まあ、そうだな…)


Aは速水の発言を内心で復唱し、自分の家について思い耽る。
少なくとも、緊急事態に即刻この東城大に駆け付けられる状況下にあるか、と聞かれれば、ノー。

いや、実際のところ研修医寮に移り住む気でいたのだ。ずっと。
寮にいる方が絶対に苦労しないとばかり思っていたから。


(でも…)


無理だったのだ。


「それってさ、入局したての頃に言わなかったっけ、私」


まぁ話したことないけども。ハッタリを試みてみる。


「知らない。そもそも聞いてない」


当然のごとく通用する相手ではなかった。それもそうだ、言っていないのだから。

速水の物言いは棘はなくとも冷淡だ。

どことなく渡海に似ていないわけでもないが、
あの悪魔本人に常にぐるぐると振り回されているAからすれば非常に可愛い。


「あ、そう。まあ…、大した理由はないよ」
「じゃあ移れよ」
「なんで」
「なんでってなんで。大した理由ないんだろ」
「だからって寮に行く理由もないよ」
「何をそんなに意固地になる？」
「速水くんこそ何で食い下がるのさ」
「別に俺は、」

「うるさい」



次の言葉では、お互いに口論に火がついていたであろう。

それを間一髪でせき止めたのは。


「渡海先生…」


仮眠室のドア枠に背中を預け腕を組む男。

どこか眠たげな目で声にも心なしかドスが効いている。
露わという程の怒りではないようで、どちらかというと不機嫌という単語が合うだろう。


「痴話喧嘩なら外でやれ」
「いや、そんなんじゃ、」
「じゃ静かにしてろよ。寝れない」


じろりとその眠たげな目がAと速水を見据える。
蛇に睨まれた蛙のように、二人は立ち尽くし押し黙った。


「ああ、Aちゃん。あとで仮眠室」
「…は！？」

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