第191話:期待2 ページ46
渡海も察しの悪い男ではない。むしろ良すぎて怖い。
特に患者のことになると他の医者では気づかない異変であろうと息をするように気づく。
なので。
「分かってやってるでしょ!」
「言わなきゃ分かんねえよ」
「言わなくても分かってるでしょ!」
「さあ。一体何を期待してんのかな、Aちゃんは」
渡海はにやにやとAの怪訝そうな表情を愉しんでいる。
彼女の腰に腕でも回して逃げ道を絶ってやりたいところだが、
この反応をしばらく眺めているのも一興だろう。最早高みの見物の渡海である。
このように悪魔と王様を掛け合わせたような指導医の考えていることは、
Aはなんとなく察しがつくようになった。本当になんとなく。
頭突きをかませば一発で落とせるが、洒落にならないことになってはいけない。
ここは武力ではなく言葉だ。
「先生は鞭ばっかりで飴が足りないと思うんですよ」
「はい、口開けて」
「…??」
会話になってすらいない。さらに困惑したAは素直に小さく口を開ける。
渡海はその口元に手を伸ばし、何やら押し込むように口内へ何かを侵入させた。
甘味のある小さな球体が舌の上で転がった。
じわりじわりとそれは口の中に広がっていく。
「……飴ですね」
「飴だな」
「おいしいです」
「よかったな」
どこかでごつん、と嫌な音が立った。
.
「ちくしょー、分かってるくせに…」
つかつかと白い廊下を早歩きで過ぎていく研修医の血相は不機嫌なのかしょぼくれているのか。
だがすれ違う職員はそんなの気にもせず、各自の仕事に向かっていく。
窓ガラスが己を写している。
ふと立ち止まって自分と目を合わせてみれば、変な表情だ、と率直な感想しか浮かばない。
(……褒めてほしい、とか……身分、わきまえろって…話かな…)
飴が溶けた。あの甘さが名残惜しい。
「あ、Aさん」
「おっ?世良くん。やっほー、何か御用?」
「ちょうどよかった。実は…」
「?」
■
容赦ない頭突きを食らった額をおさえる。
誰かがしょんぼりと耳を垂らした子犬のような顔をして去った仮眠室には静けさが戻っている。
称賛の言葉を求む暇があるのなら基本手技を重ねろと言いたい部分はある。
(…ああ、でも。)
あれが最初で最後の「甘え」だったかもしれない、と思うと、渡海も小さく肩を落とした。
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snake20xjapan04(プロフ) - めっちゃ面白いです! (2018年9月22日 11時) (レス) id: b0aeedf16f (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - 橘花さん» とてもわかります(;ω;) 確かに続編あったら…とも思うんですが(海堂シリーズ読破者としては特に!)、渡海先生…渡海先生…orzってなります…(笑) へへへっ、自分のペースでもりもりやっていきます!!ありがとうございます! そうなのよ奥さん!不思議ね!! (2018年7月22日 0時) (レス) id: f4cc5215a6 (このIDを非表示/違反報告)
橘花(プロフ) - ペアンロスわかります。。ベイストで続編うんぬんの話を聞いてさらにロス再燃。。褒めて欲しい主人公ちゃんと甘えを逃した渡海先生の肩落ち加減がかわいいです…!Kさんがたのしく書けることを祈ってます。追い込まないで…。で、2人まだ付き合ってないの奥さん?? (2018年7月19日 20時) (レス) id: 2798c105f2 (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - 橘花さん» とても細かい所まで着目してくださっている!!!作者としてありがたいとこの上ありません(*´Д`*) (そして再びご返答遅れてしまいすみませんorz コメント自体に気づきませんでしたorzいつもありがとうございます…!) (2018年7月19日 13時) (レス) id: f4cc5215a6 (このIDを非表示/違反報告)
橘花(プロフ) - 緊張してキモオタみたいな喋り方しそうですが、よければぜひ♪私は描写、丁寧できれいな言葉でだいすきです。その傾向なかったり…?!(笑)渡海先生の問答で「美しい…」の答えに「…はい」の…がすてきです(マニアック)案外ノリとテンポのいい2人がすきです! (2018年7月11日 19時) (レス) id: 2798c105f2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:K | 作成日時:2018年6月14日 0時