第67話：珍しい ページ20
やがて、向こうの会話はまた一言二言交わすと遠くなっていく。
仮眠室に入室されるだけで詰みなのに。
やはり、一時仮眠室を出た時にロッカー室に向かうべきだった。後の祭りだ。
気分が消沈していくが、連動するように意識もなんだか沈んでいく。
意識そのものにゆっくり蓋をしていくように、海の中に沈んでいくように、音が遠くなる。
■
牢獄の羊は静かに寝息を立てている。
毛布を口元までくるまらせて、全身を隠すように丸まっていた。
顔色は良好。熱は恐らく上がっている。
枕元に置いておいた水もちゃんと減っていた。カンファレンスの間に色々あったようだ。
渡海は自分の白衣を適当にハンガーに戻し、ソファに腰を下ろした。
机上に置かれたタブレットで患者の情報を開こうとした。
「……。」
電源を入れた直後に移るのは、自分の教え子の研修医情報。
渡海は黙ってそれを閉じ、患者情報の方を引っ張り出した。
いずれまた猫田がやってきて、仮眠室は寝息だけの空間になるだろう。
「あ、戻ってきてる」
噂をすれば、仮眠室の扉が開く音と共にパーカーを羽織った猫田が来た。
「ご飯、もう食べさせたので」
「……」
その猫田の言葉に、渡海は後ろを振り返る。
声の主はすでに毛布の中に姿をくらましていた。なので、言及することはしない。
(…そこまでしろとは言ってないんだけどなー)
猫田には、「発熱した研修医が仮眠室に居る」ということを事前情報として伝えたはしたが、
それ以上でもそれ以下でもない。
看病してやってくれなんて提案は一度もしていない。
Aに対する世話は、すべて猫田の独断ということだ。
珍しいこともあるもんだと渡海は考える。
…自分が捕えたこの教え子は、どうやら猫田にも気に入られているらしい。
(ネコちゃんがねぇ)
渡海は口の端を釣り上げて、熱に魘される教え子を横目で見る。
その視線を気味悪がるように、その研修医は僅かに唸って身をさらに丸め出す。
それがなんだか面白かったが、渡海は渋々電子カルテの方へ目を戻した。
「あー、そういやネコちゃん」
「はい？」
「Aちゃんの体拭いた？」
「…はい」
「着替えどうした？」
「……………適当に見繕いました」
「そっかー。ところで俺の服が一着なくなってんだけど」
「知らないですね」
猫田は即答だった。おかしくなってきて、渡海は喉をくつくつと鳴らす。
そうか、知らないか。ならば、あとで病人の研修医に確認するしかないな。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1042人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
K(プロフ) - 夢喰。さん» 続編出ました！（笑）次はもうちょい甘々を詰めていきたいと思っています…！！楽しみにしてくださっていて本当に嬉しいです！！頑張っていきます！！(*ﾉωﾉ) (2018年5月22日 21時) (
レス) id: ef8449c676 (このIDを非表示/違反報告)
夢喰。(プロフ) - 続編が出ると聞いてきました！！やっぱり甘さが欲しくなりますね(*´°`*)渡海先生が夢主のことをどう思ってたりするのかとか...！楽しみで仕方がありません！！！この小説が大好きです！！ (2018年5月22日 16時) (レス) id: eb55596a4e (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - えりかさん» 大好きと言って頂けて、感謝するばかりです！！続けざまにコメント返信してすみません！（笑）いっぱい感想頂けたのでつい…！！これからもガンガン頑張っていきます(*´∀`*)！ (2018年5月21日 23時) (レス) id: ef8449c676 (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - えりかさん» ああ〜〜いっぱい感想ありがとうございます(´；ω；`)本当に嬉しいでずー！！筋も、自分なりに頑張って組み立ててるのですが、くどいかなぁーとたまに不安だったので、そのお言葉を頂けて本当に嬉しいです。渡海先生も魅力的に伝わっているようで安心しました…！！ (2018年5月21日 23時) (レス) id: ef8449c676 (このIDを非表示/違反報告)
えりか - ブラックペアンが好きで、あ、渡海先生が好きで、あ、ニノが好きで読ませて頂いてます！ほんとに筋書きがしっかりされててほんと読んでて飽きません！そして、とっても渡海先生が魅力的です！笑 ほんとにこの作品大好きです。たくさん感想を言いたいのにもう文字数が笑 (2018年5月21日 23時) (レス) id: ad8be1e361 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：K | 作成日時：2018年5月10日 0時
