私のいない風景 ページ49
サイドで緩く縛った髪に着けた桜の簪に手を触れた。この1週間程、ハクと別れてから着けていなかったけれど。
……羽織を返すという理由にかこつけて、ハクに会いたい気持ちがあることは否めない。もう終わったというのに、優しい素振りを見せられると気になってしまう自分の浅ましさが憎い。
と、廊下の曲がり角の方から波のようにざわめきが伝わってきた。皆が動きを止めて道を開く。湯婆婆様が来たんなら面倒くさいなと思って視線をやると、そこには意外な人物が立っていた。透き通る肌、絹のように光を受けて輝く黒髪。加えて翡翠色の瞳。
……せっかくチャンスが飛び込んできたんだ。この際、勇気を出して返してしまうぞ!
人混みを掻き分けてハクへ向かって進もうとした時、ざわめきの理由が彼の登場だけにない事に気が付いた。ハクの腕には華奢な細腕が組まれていて、廊下の向こうから千尋が姿を現したのだ。更にその後ろには湯婆場様も。ハクは無表情で、千尋は可愛らしく微笑んでいた。
その場にいる全員が、何か普段と違う事に気が付いた。私も嫌な予感がして押し進むのをやめた。
「――皆、よく聞くんだよ!」
湯婆婆様が手をぱんと叩くと、それまで熱気に溢れていた廊下がしんとした。
「今夜を以て、正式な婚約者となる2人がいる。私はその2人をこの湯屋の次期後継者とする事に決めた。――ハクと、千尋だよ!」
一気に廊下が再びざわめき出した。皆が目を丸くして顔を合わせあう。
「でも、ハク様って(人1)と別れたばかりじゃ」
「おい、(人1)って誰だよ」
「知らないのか? 人間のべっぴんな湯女だよ。ちょっとばかし前まではハク様と人目も憚らずにイチャイチャしていたもんさ」
「へーえ。まあ、千尋は湯婆婆の気に入りだしなぁ。ハク様も結局は色恋より権力を選んだって事だろ」
様々な憶測が飛び交う。皆が噂に夢中で私に気が付かないのがせめてもの救いだった。
胸の奥がずんと重くなる。赤と金の内装が一気に灰色に見えた。
嘘だと思いたい。でも、湯婆婆とその前に立つ2人が嘘ではないと私に語る。千尋は嬉しそうに頬を染めて湯婆婆と話し込んでいる。
それは私が入り込むことの出来ない風景だった。
じっと見つめていると、人混みの向こうのハクとふと目が合いそうになり、私は蛙男の後ろに慌てて隠れた。何かが込み上げそうになり、盛り上がる群衆に背を向けてそのまま廊下の端を通って階段の方へ抜けた。
桜の簪はそっと外して懐に仕舞った。
【続く】
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美音 - なんだろう…美影さんを内山昂輝さんの声で再生してしまうの… (2022年1月10日 7時) (
レス) @page33 id: c6a6e435a8 (このIDを非表示/違反報告)
サリナ(プロフ) - 季紀さん» この書いた作品全てを消して悪女が出る作品を書いてください！m(__)m (2018年4月4日 17時) (レス) id: 1722f61193 (このIDを非表示/違反報告)
ミルキ(プロフ) - 感動しましたので一度この作品の削除(変換)して夢主とハクが結ばれる作品を書いてくださいませんか？お願いしますm(__)m (2018年3月28日 10時) (レス) id: 1722f61193 (このIDを非表示/違反報告)
季紀(プロフ) - 紫蘭さん» はい、してます！笑 というかばり白澤様です笑 (2017年1月23日 9時) (レス) id: e2d49320a9 (このIDを非表示/違反報告)
紫蘭(プロフ) - 間違いだったらすみません……。白澤様がどうして『鬼灯の冷徹』の白澤様にしか見えません(´；ω；｀)← もしかしてモデルにしてますか！？ (2017年1月21日 23時) (レス) id: 4fa9a25ace (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：kiki
| 作成日時：2014年12月28日 22時
