7 ページ30
その時だった、白澤様の体がぐらついたのは。
「あっ……！」
私は思わず駆け付けたけれど、如何せん距離がありすぎて彼を助けることは叶わなかった。
ドボーンッと派手に水音がして、水飛沫が飛んでくる。目に入りそうになって慌てて目を閉じた。
「あー、ほら言わんこっちゃない……」
酔った体でそんな不安定な所に立とうとするからだ。私が溜息を吐いて顔についた水を払っていると、船に乗っている湯女が全て駆け付けてきた。
「白澤様！」
「そんなぁっ……」
皆一様に青い顔をしている。白澤様が落ちた場所に群がるものだから、船が傾いた程だった。
イコイまでが船縁に立ち真っ暗な川を覗き込んでいる。
「あの、そんなに心配しなくてもあの方ならすぐ上がって来るでしょうよ」
「いいえ！」
イコイが涙の溜まった瞳で私を振り返る。その顔があまりにも真剣だったものだから、私は思わずドキッとした。
「白澤様はカナヅチなんです！」
「えっ」
「だから、水の中にだけは決してお入りにならないんです」
「……」
事態の深刻さを理解して私も顔を青くした。
白澤様が水に落ちてから既に30秒近くが経過している。それなのに、真っ暗な水面には一つの気泡さえ浮かんで来なかった。
――あの女好きッ！ 泳げないんなら何でこんな所で宴なんかやったのよ！
私は心の中で毒づきながら、後ろを振り返った。
「ねえ、中に入って白澤様を助けようっていう人はいないの！？」
騒ぎ立てていた人々がしんとなり、困惑したように辺りを見回す。皆小さく首を振るばかりで、それは水先人として船に乗り込んでいた蛙男でさえ一緒だった。
「ちょっと、それでもあなた男なの！？」
「勘弁してくだせえ。水は水でも、ここの川はなあ……」
なあ、と蛙男が近くにいた湯女を見れば湯女も深刻な顔をして頷いている。
人ひとりの命がかかっているというのに何と悠長なんだ！
「もういい、私が行く」
私は痺れを切らし、着ていた打ち掛けを乱暴に脱ぎ捨てた。更にはその下に着ていた小袖さえも。襦袢一枚になると、現世でいう下着であるそれを見て船の上の人々がぎょっと目を丸くした。
「アン様！？ そのようなことをなさればハク様がお怒りになりますよ」
「いいの！ ハクは私一人どうなろうと知ったこっちゃないんだから」
私は船の縁に片足を乗り上げ、水中で動きやすいように襦袢を高い位置でぎゅっと縛った。目の前に広がるのは対岸の灯りさえ吸い込む暗い水面。
覚悟を決めて、いざ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 526人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
季紀(プロフ) - 一葉さん» 3周も読んでくださる方がいるなんて、感無量です（ ; ; ） 感謝の気持ちで一杯です☺︎ ありがとうございます！ (2022年6月19日 20時) (
レス) id: 597a075cd6 (このIDを非表示/違反報告)
一葉(プロフ) - 見てるこっちもキュンキュンして、かれこれ3周目です笑この様な最高の作品を作ってくれてありがとうございます😍 (2022年6月19日 19時) (レス) @page49 id: 85091bc4a0 (このIDを非表示/違反報告)
季紀(プロフ) - Sakuryaさん» まだ見てくださっている方がいると思わなかったので本当に嬉しいです。中学生の時に書き始めてついに大学生になってしまいましたが、大学は暇なので沢山ネタを考えているのでその都度更新していこうと思っています。笑 応援ありがとうございます。 (2019年6月6日 13時) (レス) id: 8fd0d878f8 (このIDを非表示/違反報告)
季紀(プロフ) - 雪華さん» 暫く書いていないので文章も拙い中そんな風に言っていただけで嬉しいです。雪華さん何度もコメント欄？でお見かけした覚えがあります。いつもありがとうございます。 (2019年6月6日 13時) (レス) id: 8fd0d878f8 (このIDを非表示/違反報告)
Sakurya(プロフ) - 更新されたと通知があり、ものすッッごく嬉しくて！！今後もこういったかたちでいいので、私生活に支障が出ない程度に頑張ってください！ジブリのハクを好きでいてよかったと思える作品です！！ (2019年6月5日 21時) (レス) id: e0447573e7 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：kiki
| 作者ホームページ：http://nanos.jp/catsong2/
作成日時：2015年8月17日 23時
