兎の過去 ページ48
普通なら、周囲の自分と同じ年頃の子供と父親の姿を見る度、羨ましい、自分も父親と一緒にいたい、甘えたい、と思うだろう。しかし、宇佐美はそんなこと微塵も思わなかった。なぜなら、どれほど苦労したとしても、母とふたりきりで十分幸せだったのだから。
寧ろ、こんなにも家族思いの母親を見捨てるような父親は、かえっていない方が良い、と宇佐美は幼いながらに感じた。
そして、周囲の友人たちの父親は決して、良い父親ばかりではなかった。女遊びや賭け事に明け暮れ、家族をほったらかしにする者、自分が家で1番偉いと怒鳴りつける者、母や子に暴力を振るう者･･･それらを見て聞いて、宇佐美はやはり、父親なんていなくて本当に良かったと思うのだった。
｢以前も申し上げましたが、私は父という存在がいなくて本当に良かったと思います。それは、幼少期の私の周囲の友人の父親たちを見ても同じです。寧ろ、更にいなくて良かったと感じました。だから、万に一つも羨ましいなどと･･･｣
｢門倉看守部長。｣
｢え？｣
宇佐美は、突然出てきた名前に思わず目を丸くした。上官に向かって失礼だとは思うが、あまりの驚きでそれを止めることができなかった。
｢か、門倉看守部長が何か？｣
｢なに･･･君は、網走監獄の潜入の結果を報告する際、門倉看守部長の話をするときだけ、とてもいきいきとしてたと思ったまでよ。｣
｢それが、先の話とは何も関係は･･･｣
｢いや、大有だ。話を聞く限り、その看守部長はちょっと頼りないおっちょこちょいのようだ。決して、几帳面な厳格な男ではない。でも────｣
そういって鶴見は、宇佐美に顔をずずっと近づける。宇佐美は思わず顔を赤面させる。
｢君はどこかで思っているのだろう？────そのような男が父親だったら、それはそれで幸せだったのではないのか、と。｣
その言葉に、宇佐美はなんともいえない顔をするしかなかった。何故か、否定の言葉がいくら頑張っても出ることは叶わなかった。
｢そ、そうかもしれませんね･･･だ、だからといって、網走監獄の襲撃の際に、門倉看守部長に情けをかけたりは致しません。そのときは、容赦なく息の根を止めますよ。｣
宇佐美は、暫く間を置いた後、どもりながらも鶴見にいった。
｢なあ、彼も川田さんも血の繋がりはないとはいえ、血は争えない親子にみえるとは思わないかね？｣
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作者名：もふもふ | 作成日時：2018年12月4日 12時
