心配 ページ19
｢あら、そんなに慌ててどうしたの？｣
ドタバタとした音に気づきこちらにやってきた、おっとりとした雰囲気を纏った女性───Aの母は、茶の間から顔を覗かせ首を傾げる。
｢見れば分かるじゃない──遅刻だよ！｣
｢ん？どこにかしら？｣
｢兵営に決まっているじゃない！｣
｢今日は非番でしょう？｣
｢え･･･あ。｣
母にいわれAは、茶の間のテーブルにある、今日の朝刊の日付けに目をやる。日付けは、あの彼へ一目惚れした時から、数日経過した週末だった。紛れもなく、Aの非番の日であった。
｢まぁ、軍服までしっかり着て──よっぽど慌ててたのね。｣
｢あはは･･･｣
｢って、A！今日、お友達とお約束があったでしょう？｣
｢そ、そうえば！待ち合わせまで、そんなに時間がない汗｣
母にいわれ、また、慌て出すA。そう、今日はお友達────Aの数少ない親友のうめと、最近流行りの甘味処でお茶をする約束をしていたのだ。
｢だったら、早く支度しなさい。今日こそは、女性らしい格好をするのよ。｣
｢それだけは絶対嫌だからね母さん！｣
そういってAは、2階の自室に戻る。母のいう女性らしい格好というのは、きちんと女らしい着物を着なさいということだ。しかし、Aは母のいうことは聞かず、この時代では、まだ珍しい女用の袴を着ているところだった。
｢だって、袴ほうが動きやすいんだもん。長靴(ブーツ)を履いてもおかしくないし。軍で、長靴で歩くのに慣れちゃったから仕方ないよ。｣
Aは、ひとりブツブツ文句いいながら準備し終えると下の玄関に降り、｢行ってきます｣と行って、早々に家を出た。
｢相変わらず女性らしさの欠けらも無いわ･･･これじゃ、お見合いしてもお断りされるわね･･･本当に、将来が不安だわ。良い殿方に恋でもすれば、また、違うのかしら･･･｣
Aの母は、そう呟きながらAの去った玄関を見つめていた。Aの母や父が思い描く『 良い殿方』───地位も名誉も両方兼ね備えている人間──ではなく、かなり複雑な事情を抱えた一般の兵士に、Aが恋をしているとはつゆ知らずに。
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作者名：もふもふ | 作成日時：2018年11月20日 21時
