山猫に一目惚れ (ページ38)

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不穏ページ38

(え、ど、どうしよっ──!!)

Aは兵舎内の壁に背をつけ、何かから隠れるような姿勢で狼狽えていた。それもそのはず、その壁を曲がった先の向こうに『彼』がいたのだから。

双子である二階堂兄弟とうめに、自身が尾形を好きだということを知られてから、1週間ほど過ぎ去った今日。Aは、まだ、『彼』──尾形とまだ、会話すらまともにしたことがなかった。｢今日こそは──｣と何度か、声をかけようとしたが、恥ずかしくて毎回逃げ出していたのであった。

(本当に今日は絶対────!!)

そう、Aが廊下を曲がって、尾形のいる方向に向かおうとしたときだった────

｢よう、尾形ぁ。｣

｢相変わらず、愛想のねぇ顔してんな。｣

奥の廊下からやってきた、上等兵2人が、ひとりでいた尾形に声をかけた。

(あ、人が･･･今はあきらめるしか･･･)

兵士たちのいる中、尾形に話しかけたら、なんと冷やかされるか分からない。だから、Aは立ち去ろうとした。が────

｢尾形ぁ、ちょっとこっち来いよ。｣

｢いい場所があるんだぜ。｣

｢･･････｣

｢だんまりか？お？｣

(な、なんだか不穏な感じ･･･は、もしかして･･･！)

そこで、Aは尾形が軍で冷遇されていることを思い出す。その生い立ちゆえに、あることないこと噂され、冷やかされていることを。そんな噂を、A自身が聞いたこともあるからだ。

(本当は、そういうことは止めさせたいけど･･･)

しかし、尾形の悪い意味での噂や冷やかしをするのはほぼ、全員といっても過言ではなかった。それを、A1人の力で止められるわけがなかった。そんな自分が、尾形を好きでいる資格はあるのか･･･と、最近Aは悩んでいたのも事実だった。

(でも、目の前で彼が何かされそうなら、それは止めなくちゃ･･･!!)

いつ、どこで、誰がしているか分からない、噂や冷やかしは止められない。でも、少なくとも、目の前で起きたものならば止めることができるはずだ。

(あ、でも、彼のプライドを傷つけてしまうかも･･･)

Aは女で、階級は少尉とはいえ、尾形より年下だ。年下の女に助けられたならば、男として、年上としての尊厳を失うのは間違いない。

(でも、百之助さんにとってはあの2人は上官だから逆らえない･･･でも、プライドが･･･)

Aが思考の悪循環に陥り、四苦八苦していると────

｢もう、ここでやっちまおうぜ。｣

その瞬間Aは動いた。