山猫に一目惚れ (ページ34)

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胸騒ぎページ34

そして、その日の晩の自由時間のこと。兵舎の一角にある自身が生活している大部屋で、尾形はひとり小銃の手入れを黙々としていた。しかし、その手はいつものようにテキパキと動いていなかった。何故ならば────『彼女』のことで頭が上手く回らないからである。

常の尾形なら、他人のことで作業が手付かずなんてことは無に等しかった。しかし、今の尾形はまさにそれである。

尾形は、射撃場で見た『彼女』の瞳が忘れられなかった。それは、勇作や双子から、己に向けられる瞳と似ていた。でも、『彼女』だけ彼らとは違った。尾形は、『彼女』にしか感じないものがあった────それは、胸騒ぎのようなものだった。妙にざわつくが不快ではないもの。『彼女』のことを考えると自然と心臓が鷲掴みにされたような感覚に襲われる。それが、作業の進まない原因だった。

(そうえば、この間この軍に女が入ってきたってきいたな。)

軍に特例で入隊した女は、その女1人しかない。だから、尾形は『彼女』がその女だと納得した。

(確か藤宮少尉か･･･)

ふと、尾形は下の名前はなんだろうと疑問に思うと、大部屋の襖を開ける音がした。

｢ふ〜さっぱりしたぜ。なあ、洋平？｣

｢ああ。月島伍長がずっと占領してて邪魔だったけどな。なあ、浩平？｣

そうやって入ってきたのは例の双子であった。どうやら、風呂から上がったばかりのようである。そこで、尾形はたまたま来た双子に、たった今思った疑問を問いかける。

｢なあ、お前ら、この間入った女───藤宮少尉の下の名前ってなんだ？｣

｢｢───えッ?!｣｣

そう、尾形は何気ない、些細な疑問を口にしたつもりだった。しかし、双子はそれに目を丸くして短く言葉を発しただけだった。無理もない。常の尾形なら、他人のことなんて全く興味が無いからである。名前を知ろうとする行為は、普通の人間ならば当たり前のこと。しかし、必要最低限の情報以外頭に入れないようにしている尾形がそれをすれば、驚く他ないのである。

｢なんだよ。｣

｢いや、別に･･･｣

｢あはは･･･｣

なぜ、名前を聞いただけで双子が驚いたか尾形は理解出来なかった────そう、尾形は名前という、別に知らなくても良い情報を知ろうとするのが、双子にとっては珍しいということに全く気づいていないのであった。