山猫に一目惚れ (ページ3)

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劣等感ページ3

それは、陸軍に入隊してから数週間たった、少尉としての大まかな仕事内容を把握しつつあった、ある日の午後のことだった。

今日のAは、慣れない執務を午前中いっぱいかけて行った。そのためか、まだ、半日も経ってないのにとても疲れ切っていた。

そろそろ休憩にしよう。外で何を食べようかなと考えながら、自身に宛てがわれた執務室をあとにする。

兵舎の外に出て敷地内をしばらく歩くと、いつもより大きな喧騒が射撃場の方から聞こえた。今まさに、射撃の実技訓練を行っている真っ最中なのだろう。しかし、なぜこんなに騒がしいのだろうか。

なんとなく気になって、兵舎の敷地から少し離れた所にある射撃場に足を運ぶ。

近くまで来ると、ちょっとした人だかりが出来ていた。どうやら、大きな喧騒の原因は、見物人が多いからのようだ。

よくよく見ると、自分より階級の高い将校がチラホラいる。
そのうちの1人に話しかけられる。

｢おや、これはこれは藤宮少尉殿。あなたも見物に？｣

｢ええ、何やら、ちょっとした騒ぎになっていましたので気にかかりまして･･･｣

｢なるほど。そうでしたか。実は今、花沢少尉が直々に兵士達に射撃の手本をお見せしていたところなんですよ。｣

｢花沢少尉が？｣

｢ええ。あなたも実に良い頃合いに来た。見てください、あの見事な腕前を。｣

そういって、将校が指した方向を向くと、パァン、パァンと一定のリズムで小銃を的に撃つ花沢少尉･･････第7師団の師団長である花沢中将の息子、花沢勇作がいた。

彼は、Aの士官学校時代からの同期である。眉目秀麗・成績優秀・品行方正・清廉潔白。どの言葉も彼のためにあるようなもの。老若男女問わず人気があり、周囲からの信頼と羨望も厚い。

それは、同性である友人達に会う度に、花沢勇作の話を詳しく求められるところからも伺える。
あわよくば、Aを介してお知り合いにでも･･･って友人がほとんどだ。おそらく、その友人らは少なからず花沢勇作に恋慕しているに違いない。

もちろんAは、花沢勇作も異性として見れなかった。それどころか、苦手意識を持っていた。

自分と比べて、何もかもが完璧な花沢勇作。父親よって与えられた地位に満足せずに、日々、努力を惜しまない姿。対して自分は、父親によって与えられた地位に、ただただ不満を抱いているだけの怠け者だ。
劣等感はあれど、恋心が芽生えることはなかった。