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「あ、その人だったんだ…」
「え？」
「いや、こっちの話」
「えっ、なに？」
私の言葉に対して、勝手に自己完結して潤くんはビールの入ったジョッキに口付けた。
そして飲み干して空になったジョッキをテーブルに置き、「なるほどね」と独り言。
「なになに？どういうこと？」
「べつに何でもねぇよ」
素っ気ない口調でそう言ってから、「すみませーん、生お願いします」と通りかかった店員さんに追加でビールを注文。
何でもねぇよ、と言われたら余計に気になって仕方なくなる。
潤くんは何か知っている様子。翔さんのことについても。
「櫻井さんと知り合いなの？潤くんは」
「いや、違うけど。結婚式で会っただけ。名前もそのとき知った」
うわ、私の感情読まれてる。
翔さんのことも知っている素振りだったから問い質そうとしたのに、その一歩前に跳ね返された。
ただでさえ気持ちが顔に出やすいタイプなのに、昔から私を知っている潤くんだったら、尚更私の気持ちなんてすぐに分かってしまうんだろうなぁ。
「言っとくけど、俺は何も知らないから」
チラッと目線を上げた潤くんと目が合えば、ドライな口調でそう私に言い放った。
相変わらずクールでドライだ。
絶対翔さんのこと知ってるじゃん。
20数年も潤くんと過ごしていたんだから、私も潤くんがどんな思考をしているのかは大体分かるよ。
「しかもさ、人のプライベートを裏で探られちゃいい気しないだろ？」
「まあそうだけど…」
「知りたいなら直接本人に訊け」
「訊けないからウズウズしてるの」
「Aは、ソイツのこと好きなの？」
「え？」
「櫻井さんのこと、好きなんだ？」
いきなり話が転換した。改めてそう問われると何だか気持ちが不安定になる。
だってまだ翔さんとは三回ほどしか会ってない。まだ全然お互いのこと知らない。
そんな相手に恋をしたこと。だけど、まだこれが本当に「恋」と呼べるのか分からないんだ。
ついこの前自分の気持ちを確信したのに、心は揺れる。
不確かな感情を、恋だと認めるのを躊躇う原因は、もう私は傷つきたくないからだ。
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作者名：妃紀
| 作成日時：2018年12月2日 19時
