【男主】最 年 長 幹 部 の 心 得 【太宰治】

心得１９つ目《首領のこと》 ページ22

涙を拭いてこの後の任務のために本部へと向かった。報告書は永井幹部が持っていったらしくバーの机にはなかった。
本部では芥川君だけが待っていた。
あの少年はその場にはいなかった。
永井幹部が来て連れて帰ったのだそう。



「芥川君。明日から訓練を開始する」



「はい」




素直に答える芥川君が急にいじらしくなる。
少し早足で歩くとそれについて走ってくる。決して笑わない、ついていくだけ。
まるで犬だ。
彼にそれがお似合いなのかもしれないが。




「私が上司で、幹部で、君の教育者だ。
私の言葉だけに従いなさい」




「……はい」




少しだけ嬉しそうに微笑んでまたついてくる。
この子供、笑えるのか
と今更ながらに分かった。
儚げに笑う姿が誰かと重なって誰かわからなくなって頭を振った。
首領室に向かう途中の仮眠室で芥川君を待たせ、自分だけ向かった。
報告書には丁寧な字で名前が書き足されている。
少し滲んでしまった文字。
口頭で報告するもので良かったと１つ思う。




「………報告は以上です」




「うん、いい子が見つかってよかったよ」




首領が表の顔で笑う。
その笑顔は永井幹部の笑顔とは違い自然さが感じられない歪な笑みだった。
前までは気にならなかったのに、今は気になって仕方がない。
全部あの人のせいだ。あの人が純粋に笑ったり泣いたりするから他人の表情に目が動いてしまう。




「……永井幹部のことがきになるかね？」




「………任務に支障がない情報なら必要ありません」




「なら任務に支障が出そうな話をしよう。
それなら聞き入れてくれるね？太宰幹部」




首領もまた純粋に笑った。
純粋な悪い笑みだ。悪巧みをする子供に似た顔だ。大変不愉快。だのに文句の１つも言えない。
頷いて了承しまた姿勢を正した。




「彼はとても強く実力がある幹部だ。だが、１つだけ彼の触れてはいけない部分がある。
彼の奥様の事だ。深い深いつながりがこじれてこうなってしまったからね。
永井幹部は表情の裏に酷い欲望を抱えているんだよ。妻のこと、昔のこと、その手の話をすると途端に戦えなくなるんだ。気をつけるんだよ。
彼の前で彼の話をしてはならない。
我々幹部内の暗黙の規則だ」




唇に人差し指を当てて片目を閉じた。
お茶目な首領の、暗黙の規則。
守らなくてはならないと言う意思を駆り立てられるその恐怖心煽る顔は
人間らしくてあまり嫌いではなかった。

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