第捌拾伍戦 四面楚歌 ページ38
忌々しい記憶と恐怖に身体を支配される鬱屈した日々を送っていた自分たちには、この残暑と照りつける太陽がとても眩しかった。
「(長門ならば、今剣の願いを叶えてくれるだろうか……)」
ふと三日月は、自身を導くと手を差し伸べてくれた青年を思い浮かべていた。自分を表の世界に引き摺り出したように、きっと今剣も導いてくれるだろう。
しかし問題は今剣である。今剣が長門を受け入れ、彼に全てを委ねるかと聞かれれば素直に頷けない。
刻み込まれた心の傷を癒してくれるのは主だけだと分かっていても、今剣を想うと何故か距離を置かせたくなる。
「……俺は主と約束している。俺を具現した主との思い出の桜を蘇らせる。今剣や、生きていれば、また叶う夢もあると俺は思うぞ」
つくづく矛盾していると自嘲しながら、三日月は今剣の赤い双眸を覗き込んだ。今剣もまた、三日月の打ちのけを見返す。
希望も見えない中で救いの手を差し伸べられ、生きろと言われたから。どんなに苦しくても、明日はやって来るから自分は生きると長門は淡々と言った。
「今剣、帰ろう、岩融とはきっとまた会える」
暗い面持ちの短刀の頭を三日月はそっと撫でる。帰ったら長門に事情を話して岩融を迎えてもらえるよう頼もう。時間は掛かるだろうが、今剣が少しでも希望を持てるようにしてやりたい。
俯いた今剣を抱え上げると、本丸に戻るべく踵を返そうとした刹那、三日月の周囲に黒いゲートが開いた。
「──っ！」
「三日月さま！」
突如現れた時間遡行軍の部隊が放った遠戦が、三日月と今剣に迫る。三日月は今剣を庇いながら何とか回避するも、二人は丸腰状態で足場が悪い。二振りは遠戦を躱しながら遡行軍から逃げ続けていると、いつの間にか本丸から随分と離れた山奥に入ってしまっていた。
敵は槍が３体、大太刀２体、打刀１体と、昼戦に有利な部隊に、三日月と今剣は取り囲まれてしまう。圧倒的に不利な戦況に陥り、また背後は断崖絶壁。四面楚歌。もはやこれまでか、と小さく呟いた三日月を今剣が見上げた。
「ふえてます……」
「今剣、身軽なお主だけならこの崖を降って主の許へ向うことも出来るだろう？」
「いやです！」
いつの間にか増えた遡行軍の軍勢に取り囲まれ、逃げるも戦うも多勢に無勢なのは瞬時に理解出来た。今剣だけでも長門の許へ逃げ帰れればと思ったその刹那──
「はぁぁぁぁぁぁ！！」
「オラオラオラァ！！」
風を切り裂く重い音と、鬨の声と共に上から何かが降ってきた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 355人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
大日戦(プロフ) - ふてんにぶおんぷさん» ハワイの資料館ですか！私も1度は訪ねてみたいです。私の両祖父が軍人だったのと、生まれが広島なものでよく話を聞かされていました。死が正義という時代から、死を望む時代に変わった事については、皮肉なことに国の根幹は変わってないのです…。 (2018年2月11日 14時) (
レス) id: e07552d661 (このIDを非表示/違反報告)
ふてんにぶおんぷ(プロフ) - 大日戦さん» あの特攻した人の命を表す『ピイー』の音が、米軍の戦艦に突っ込んだ瞬間に『プツリ』と音が途絶える。その儚さにもう発狂しかけました。国のために命、家族すべて失うことが幸せな訳がないですよね？現代に生を得たから言えることですけど。また長文失礼しました。 (2018年2月11日 14時) (レス) id: 7ca422baae (このIDを非表示/違反報告)
ふてんにぶおんぷ(プロフ) - 分かりやすい解説をわざわざありがとうございます！(敬礼)私もハワイの博物館とかにあった特攻の資料？とか、遺書のようなものを幼い頃見ていました。今でもその時感じた憂いのようなものが晴れません。国のために命を散らすことが正義なんて･･･ (2018年2月11日 14時) (レス) id: 7ca422baae (このIDを非表示/違反報告)
大日戦(プロフ) - ふてんにぶおんぷさん» “のたまう”は、大体『言う』のニュアンスで書いております。目線は第三者のつもりですが、時々刀剣男士になったり、こんのすけになったり、審神者になったりと突然切り替わることも多々あります…。ややこしくてすみません；； (2018年2月11日 14時) (レス) id: e07552d661 (このIDを非表示/違反報告)
大日戦(プロフ) - ふてんにぶおんぷさん» あ、ありがとうございますぅぅ！退役軍人の手記や特攻隊員の遺書を拝見したことがあるんですが、やはり死への概念が今の人と全然違うのに驚かされましたね…。長門ニキは元大佐でも思考は現場寄りなので、デリケートな部分を書いていけたらと思っております…。 (2018年2月11日 14時) (レス) id: e07552d661 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：大日戦 | 作者ホームページ：https://www.pixiv.net/member.php?id=16263880
作成日時：2016年12月18日 22時
