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「思い出せって言われても、やっぱりわかんなくて…でも忘れたままじゃずっともやもやするし…っ」
ボスが答えないと言うことは、きっと仕事に関わることではないんだろう。
そして答えないと言うことは些細なものかもしれないというのに、こんなに執拗に聞いてしまうのはきっとこの地とボスの眼差しのせい。
初めてのいわゆるスラム街と呼ばれるこの地に足を下ろした私は、どこか寂しげなその雰囲気漂うこの場所を、何故か懐かしいと思った。
隣にいるボスと並んで歩く地も、どこかで見たようなデジャブを感じた自分もいる。
「そんな考え込むことじゃねぇよ。気にすんな」
軽く頭を撫でる手つきはとても優しいのにその表情はやはりどこか切ない。
気にするなと言われてもそんな顔をされれば気にならないわけがなく、私は撫でるボスの手を掴みその寂しげな瞳を見据える。
「嫌です。ボスが教えてくださらないなら私はもうずっとここから動きません」
普段は何だってボスに言われたことなら聞いてしまうのに、どうしてか今だけは頑固な自分がいた。
その姿勢に驚いたのか、ボスは一瞬目を丸くしたかと思えばすぐに目を細め、私を見て笑う。
ゆるく上がった片方の口角は、私が知ってるいつもの威厳のあるボスの顔。
先程の寂しげな表情とは裏腹なその表情に、どこか安堵する自分を感じながら私はボスの答えを待った。
「てめぇは覚えちゃいねぇだろうが…、何度かここで会ったことがある。まだAがしょんべん臭え頃だけどな」
懐かしい記憶を辿るようにこの場を見渡すボスの横顔はとても穏やかで優しい。
やっぱりだと、微かに予想していた答えが返って来たことで妙に落ち着いている自分はいるけれど、”何度か”というその言葉に、内心は驚き動揺している自分もいた。
それならこの地に懐かしむ気持ちがあっても不思議ではない。先日やいま感じたデジャブ感だってもしかしたらその当時のことかもしれない。
けれどいまいちその当時の記憶が思い出せない私は、ボスの話に耳を傾けながらも頭を悩ませる。
「…覚えてねぇか？」
そう言ってボスは自身の上げている髪を乱した。
ボサボサになった髪が整えられる頃には前髪は少し不格好に下され、その姿はこれまでにだって見たことはあると言うのに、何故気づかなかったんだろう。
まじまじと見たその姿を、私は知っている。
「……あかと、くろ、の…おに、いちゃん…？」
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作者名：まいたけ | 作成日時：2023年8月3日 14時
