《１１４》 ページ18
扉を開ければ少し大きめに入店を告げるベルが鳴り響き、乾いたような渋い音はこの店の年月を語っているようにも聞こえる。
視界に入る店内は私の知る記憶と変わらない。
壁に飾られる絵画も、少し邪魔な位置にある柱も、家族4人で囲んだテーブルだって、全部があの頃のままだ。
好きな席に座るよう店員に促されれば、私は一目散に角の席を取った。
「昔よくここの席でご飯食べたよね」
店内の一番奥角にある4人掛けの席。母はいつもこの席を選んで座っていた。
なんでも、この席から見る景色が好きらしい。
外を眺めれば、終わりの見えない海は夕陽に照らされオレンジに染まり始めていた。
その圧巻の景色に思わず声が漏れれば、兄もどれどれと覗きに来た。
「…こりゃ、すげぇなぁ…」
「すごいよね…お母さんが好きだと言ってたのもわかっちゃう」
いつだって私達は兄妹揃って両親と向かい合わせに座っていたために、この景色を見るのは初めてだった。
それ以前に殺しの世界で生きていると、絶景なんかとは無縁だったからこそ、その景色は私の心を昂らせる。
凄いね、何て呟けば軽く頭を撫でながらそうだな、と一言。
店内は私たちだけでなく、少し柄の悪い輩だっているのに、この席だけは雰囲気が違う。
他とは違う空間を演出しているのは、邪魔だと思っていたこの柱のおかげなのかもしれない。
「ここの席にはね、ジンクスがあるんだよ」
景色に夢中になっていて気づかなかった人の気配に驚き振り返れば、ここの店主だろうか。
白髪混じりの毛を整えた、品の良さそうなお爺さんが立っていた。
ジンクスという迷信じみた話にきょとんと首を傾げる私達を見ながら、お爺さんは優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「テーブルの角席は婚期を遅らせるなんて言うけど、ここの席はその逆なんだ。
この席から見える景色を見た男女は、将来結ばれるなんて言われているんだよ」
皺の入った目尻は笑うとくしゃくしゃになっていた。
—————君達のご両親のように。
微かに聞こえたその言葉を耳が捉えれば、兄も聞こえていたのか驚きに目を見開いている。
どういうことかと詰め寄ろうにも驚きのあまり体を固まらせている間にその人は姿を消してしまっていた。
私達の両親を知るものが居るなんてそんな事あるのかと。
そのことで頭がいっぱいで、私はその日食べたものの味をほとんど覚えていない。
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作者名：まいたけ | 作成日時：2023年8月3日 14時
