弱 者 情 事。【芥川龍之介】

１８･ティータイム/其の弐 ページ20

｢下顎骨剥離骨折。前頭骨･胸椎裂離。剄部靭帯損傷……ふん、いい気味だわ」




マフィアの専属医師が提出した容態説明書(カルテ)を卓上に放り、紅茶を一口含む。それからお茶請けの生八ツ橋を一口かじった。




｢おや、八ツ橋か。珍しい物を食べているね」

｢中也さん、西方に出張したでしょう？京都のお土産ですって」




広津さんが空になった器にお代わりを注ぎ足してくれた。


八ツ橋とは米粉と砂糖を混ぜた生地を肉桂で香り付けして、中に餡などの具材を包む御菓子だと説明を受けた。


感覚としては大福に近いけれど、お餅よりは少し柔らかい食感だ。何でも京都のお土産では定番の銘菓らしい。流石は中也さん、後でとても美味しかったと伝えておこう。





｢……ああ、その八ツ橋。幾つか残しておいて」




私は小動物のように頬を膨らませて八ツ橋を食べている立原に声を掛ける。立原は口の中身を咀嚼してから口を開いた。





｢芥川の兄人の分か？矢っ張り姐さんって何だかんだ云えど、仲良……」

｢あﾞ？墓前に供える分を残しとけって云ってんのよ。莫迦じゃないの？私とあいつが仲良しに見える？」

｢……すみません」




それから相変わらず単独の暗殺で姿が見えない銀の分もだ。銀、和菓子食べれるだろうか。特に好き嫌いを聞いた事は無いので、多分大丈夫だろう。……一応樋口の分も残してはある。









──『彼は君を遺していくような真似はしないさ』









昨日の太宰さんの言葉が脳裏を過る。確かにちょっとやそっとで死ぬような奴ではない。


遺してはいかないかもしれない。でも、一生意識が戻らなかったら？医師の報告では今現在も昏睡中で意識が戻るかは曖昧らしい。



まあ、別に。あいつが死のうが一生意識不明になろうが、別に。私は一向に構わないのだけれど。




日頃から死ねだの殺すだの云って銃を撃ちまくってきた私だが。勿論、本当に殺す気で撃っていたし、実は死なないで欲しい〜みたいな感情は一切持ち合わせていない。

正直に、とても死ねばいいと思っている。






なのに複雑なのは、太宰さんのせいだ。

あの人が最近ひょっこり現れて。悉く私を引っ掻き回して。なのにまた自分勝手に遺いて行くのだ。遺される痛みを、確かに知っている筈なのに。


それでも私達を遺して。






そのせいで、また誰かを喪う事に過敏になってしまっている。これ以上私の周りから誰かが消える事を、拒絶する自分に気付いてしまった。

１９･着信十八件/相手、樋口一葉→←１７･元部下/不器用者

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