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出会ったばかりの男の後頭部を早々におがむことができるとは深澤も想定外であった。提案して押してみようくらいの心意気であったのだが、深澤が諦めるより先に森本が限界を迎えたようだ。
これでは完全に自分が悪役ではないか。
自分はいつもヒーローでないと気に食わない。
「全く困ったワンちゃんだね。」
風を切る勢いで森本の頭が上がる。徐々に上がっていく口角と輝いていく雰囲気に、これは可愛がりたくなると深澤は京本を見た。当の本人は信じられない、といった様子だが深澤本人も信じられないと思っている。
熱量に折れるとは考えてもみなかった。
いや、森本の交渉術に自分は負けたのだ。
悪を叩き落とし善を救い上げる。
自分がその掟に反していると気づかされたのだ。
「じゃあ師匠！交渉成立ですね！」
「あぁ、消すよ。」
「ペテンも発動しますか！？」
「ペテンじゃなくて俺の文才な？」
「やりましたよ京本さん！」と田中が京本の肩を揺する。いまいちな反応だが、雑誌でもなんでも書き方次第で印象はガラリと変わるのである。深澤がペテンを発動させるということは、会社へのダメージが最小限になるように京本を引き立てた記事を書くということだ。
異名ペテン師の本領発揮である。
「じゃあまた連絡するね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「俺は降りまーす。またね、ワンちゃん。」
「森本です！」
キーッという森本の威嚇を背にして深澤が車を降りる。
「じゃあ俺も、の前に訂正です。」
ドアを開けて降り掛けた田中が振り返った。
「何をですか。」
「裏切られたなんて思ってないですよ。俺の調査によれば、京本派は伊藤派より多いです。じゃあ。」
田中が手を振って車を去った。
静かになった車内。
田中の言葉と先程の森本の行動のせいでどことない気恥ずかしさが漂う。充満しそうなそれに耐えかねて森本が意味もなく窓を開ける。
それにつられて京本も窓を開けた。
「、、じゃあ帰りましょ！」
「あぁ、、。」
「夜食でも作ります？明日はどうします？ジェシーさんと話したりしちゃいます？作戦会議なんてしちゃったり＿＿＿＿」
なんとかしようと空調子で早口に話す森本を「おい。」の1言でステイさせる。
「明日は、、病院に行くぞ。」
閉じた唇を右側に寄せて睨むように外を見る。それを見た森本は鼻にシワを作ってニヒッと笑った。
「どういたしまして。」
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作者名：久遠さん
| 作成日時：2021年9月19日 0時
