マスター

21. ページ22

「…可哀想なA。」


…そう仕向けたのは紛れもなく僕だけど。








車を降りて事務所の裏口に向かう。


多分そろそろAはここから出てくるから。





宿舎からも荷物出されたってジへから連絡が来たから、行く宛も無いだろう。


Aの両親は若くして亡くなってるし、兄弟もいない。






…もう、僕のとこしかないね。






「…案外簡単だったなぁ。」



Aを僕だけのものにする計画。


あの時、ジへに連絡してよかった。



















ガチャッ…



開いた扉の向こうには、キャリーケースを持って泣くA。


僕を見た瞬間、涙がぼろぼろこぼれ落ちて、声を上げて泣き出した。








「…っ、オッパ…


ごめんなさいっ…。」



「えっ、A…？」


「っ、ごめんなさいっ…。」





人が来たらまずいと思って、とりあえずキャリーケースとAの手を引いて車に移動する。



後部座席にはブラインドがあるから、2人でそこに乗りこむ。







「何で謝るの…？どうしたの？」


「私…歌しか自分の取り柄なくてっ…


それで、デビューまでっ、歌手だけ目指して頑張ってたのっ…。」


「…。」



「オッパはっ、私の歌が大好きって…っ、他のファンの皆もそう言ってくれたのにっ…。」





言葉に詰まって、また涙を流す。



僕がAを抱き締めれば、Aは僕の服をギュッと小さな手で握った。









「私っ…


事務所、クビになっちゃった…っ。」


「えっ…？」


「もう、っ、歌えないっ…。」


「…っ。」











Aが歌にどれだけ情熱をかけてきたかは僕はよく分かってる。




いつもサイン会で、僕に楽しそうに音楽の話をすること。


歌うことが大好きで、お風呂場で発声練習してメンバーに怒られたこと。



自分が満足するまで何回もレコーディングをやり直すこと。








…その姿を思い出したら、急に胸がいたくなった。





「皆にっ、いらないって、言われたっ…。


ジへはっ、ずっとかばってくれたけどっ…もう契約解除は、決定事項だからって…。」



「…。」


「まだっ、単独ライブだってやったこと無かったしっ…世界中のファンにも、会いに行けなかった…。」





ゆっくりと体を離して、手でAの涙を拭う。




「泣かないで。謝らないで。



Aが辛いと、僕も辛い。」











…可哀想だけど、辛いけど、Aはもうあんな場所にいなくていい。

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