影と月 (ページ41)

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「お邪魔します…」

「ん、お邪魔して」

タクシーは捕まらなかったけど、

奇跡的にタカシの自宅が近かった。

最近ボーカル組の自宅を行き来しすぎではないか、自分

と思ったが

具合の悪さからそんなことなんて、どうでもよくなった。

「また急に眠くなってきたー、タカシー」

「ちょ！待って！せめて水飲も！二日酔いすんで！」

「んー」

身体を襲う倦怠感と

朦朧としてくる意識。

フローリングに座って、彼が来るのを待った。

「ここではあかんよー、Aちゃん。

ここ玄関。わかるー？玄関」

水の入ったコップが渡され、

その一杯を流し込む。

水の通る道が冷たくなって

少しだけ気持ちがいい。

「立てる？もう寝よ。ベッド貸すから」

「ソファかなんかでいいよ。そこまでさせられない」

「ここまで来てんねんからええって」

確かにそうだけど！、などと

言い合いをしていれば

呆れたタカシが私を無理やり横抱きにした。

お姫様抱っことも言うが

ロマンチックなものではなく。

駄々をこねる子供を連れ帰る親の図だ。

この前はずっとリビングで過ごしたため

寝室へ来るのは初めてだった。

彼の匂いが強くなった気がする。

「はい！着いた！良い子はもう寝るんやで！」

ベッドに下ろすなり、布団を勢いよく被せられた。

「ちょ、」

彼の名前を呼ぶと

「なぁーに」と優しい声で答えてくれる。

「ほんと、ありがとう…」

「…まぶた、ピクピクしてるで。

疲れすぎなんちゃう？」

「ん…」

彼が、まぶたを撫で

それを機に目が自然と閉じられる。

「おやすみ」

そんな彼の声が私の意識を手放す最後の言葉。

　

　

　

　

「…こう、…いち…」

彼が

親指に付いたアイシャドウの煌めきを残したまま

私を見つめていたことなんて、

知らない。