愛されメイドの備忘録 (ページ19)

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逃げ出そうとすれば高いヒールのせいでよろめいてしまった。しかし、倒れかけた私の身体は優しくしっかりとした腕の中に収まっていた。

『大丈夫か？A』

「横……っ…侯隆…！」

私をしっかり立たせると横山さんは女性達に視線を向ける。

『彼女がどうして俺を口説けたか…知ってどうするんです？俺は…A以外の女に同じことされても惚れることは無い』

〔そんな薄汚い小娘がタイプとは…〕

ｸｽｯと笑み浮かべて立ち去ろうとする女性に、横山さんは私が持っていたワインを勢い良くかけた。

綺麗なドレスがワイン色に染まり、女性の髪からはワインが垂れていく。

〔な…何すんのよ！〕

『俺の女のどこが薄汚い？言うてみろ…てめぇの方がよっぽど汚ぇだろうがよ』

ドスの効いた低い声に女性は口を噤むと私を抱き寄せてパーティー会場を後にした。

「あ…あの…本当にごめんなさい…！」

『なんでお前が謝る』

「私が…ちゃんと自分で言い返してたら…横山さんがあんなことする必要なかったですし…それに…その…」

『お前は悪くない。謝るのはこっちや…怖かったやろ？傷つけて悪かった』

横山さんは外に出ると車のドアを開けて私を助手席に乗せた。

「横山さんこそ…謝らないでください。使用人に謝るなんて…」

『侯隆』

「あ…さっきはその…恋人としてその呼び方の方が…」

横山さんはエンジンを掛けようとした手を止めると、そっと顔を近づけてきた。咄嗟に目を閉じると優しく頬を撫でられゆっくり目を開けた。

『もう1回呼んで欲しい…』

「き…侯隆」

綺麗な黒い瞳と視線を合わせて名前を呼べば横山さんは離れて行った。

『少し寄り道して帰ろか』

「じゃあ連絡を…」

主人と屋敷の電話番号しかない携帯を手に取ろうとすれば、車が勢い良く発進し携帯は椅子の下へと落ちていってしまった。

私はすぐさまシートベルトをすると、いつもより荒い横山さんの運転に身を任せる。片手でハンドルを握る横山さんは緑色に輝く信号の下を法定速度ギリギリで走って行く。

そしてとあるホテルの地下駐車場に入ると横山さんはエンジンを止めた。

『降りろ』

言われた通りに車から降りると、足早に歩いていく横山さんの後を追う。