邦ロックの短編集 3

ミモザ 3 (いそべ) ページ16

喫煙所の近くを通りかかると、女の人の話し声が聞こえてきた。その声の主はヒロさんの恋人さんで、煙草を吸うのかと少し驚いた。少し顔を覗かせてその様子を見ると、煙草片手に携帯で誰かと電話をしている。

「もうすぐそっち行く」
「タイミングが分からない」
「ちゃんと別れるって」

とても声を潜めて話していたから、断片的にしか聞き取れなかったけれど、話し方や言葉でおおよその事は想像がついた。彼女は浮気をしているのだった。ヒロさんという素敵な人がいながら。ヒロさんを独り占めしていながら、違う人にうつつを抜かしていたのだ。わたしはとりあえず何も聞かなかったように、喫煙所を後にした。

ステージで使ったコード類をしまう為に舞台裏の奥に進むと、そこに何故かヒロさんがいた。

「磯部さん、」

「ああ、さっきの」

「さっきはすいませんでした」

小さく頭を下げると、ヒロさんは気にしないでと笑った。

「あの、磯部さんはどうしてここに？」

「奥ってどうなってるのかなって、気になって」

「…素敵な彼女さんですね」

「そう見える？」

「見えるって？」

「いや、何でもない」

そう言って磯部さんは立ち去ろうとした。ヒロさんも何か知っているのだと思ったわたしは、そんなヒロさんに追い打ちをかけるように、

「さっき、電話してましたよ。磯部さんじゃない人と」

ヒロさんは何も言わずにいる。

「浮気してるんですよ？いいんですか？…わたしは、嫌です。そんな奴と一緒にいる磯部さんなんか、見たくないです！」

気付いた時には体が動いていて、それはもう自分の意識とは全く関係の無いところで、まるで衝動のように。わたしは磯部さんの唇に触れるだけのキスをしていた。

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