日常の、一歩先を【実況者】【短編集】 (ページ4)

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刹那【rtrt】ページ4

「わ、レトくんや」
冬休みも終わりつつあるころ、冷えた教室で彼はひとり参考書と向き合っていた。
暖房の効いた自習室をつかわないのを不思議におもったわたしに、彼は「あそこ人多いやろ」とだけ返した。
集中している彼を邪魔しないように、わたしも少しだけ離れた席で勉強をはじめた。

しばらくして、四限終了のチャイムがなった(うちの学校では休みの日でもお構いなくチャイムがなる)。
お昼ご飯にしようと思って荷物を整理していると、ちょうど彼も休憩にするようでぐぐ、と伸びをしている。

「レト君、ごはんもってきた？」
「いやぁ、今から買いにいくねん。Aは？」
「わたしも。ねえ、今日たこやきにせえへん？」

最近できた学校近くのたこやき屋さんで注文を済ませたあと、店の前のベンチで焼きあがるのを待っていた。

「……『おみやげみっつ、たこみっつ』。レト君、聞いたことある？」
「なんやそれ、呪文か？」
「困ったときに守ってくれるおまじないやって。昔、何かの本で読んだねん」

「試験中におなかが痛あなったら唱えてみ」と冗談半分にいうと、痛あなってからやったら意味ないんちゃう、と彼は笑った。
丸っこい目が細められて、柔らかそうな明るい髪がかすかに揺れる。
たったそれだけのことで、なんだかあたたかいきもちになった。

あと数ヶ月もすれば、大学受験も高校の卒業式もぜんぶ終わる。
冬休みが終われば本格的に受験勉強がはじまるから、こんなふうに買い食いして、無駄話ができる時間はほとんど残されていないのかもしれない。

(レト君と離ればなれになるの嫌やなあ、なんて思うこともあったけど……やっぱり、大丈夫みたい)

たとえ別々の進路をたどることになっても、きっと心から応援できる。
はじめて会ったときから変わらない、締まりのない笑い顔を横目にそんなふうに思った。