あなたと 【プロ野球短編集】

山田哲人『Encore』(手越祐也) ページ10

Aと出会う前に戻っただけなのに、

全てが色褪せて見えた。


家に帰ってソファーに腰かけると、走馬灯のようにAと過ごした日々が思い出される。

隣にはAの幻影まで見える。


「……しんどかったやろ？」

「しんどくなんてなかったよ」

「嘘つかんで、」

「……哲人がおってくれたから」


Aは笑顔で消えた。

「……あいかわらず強がりなんやな」


もう一度笑って欲しいし、キスして欲しい


Aがいた頃は、

「これ最後の恋になるで？」

とか笑ってたけど、笑い事じゃないことに今になって気づいた。



重たい気持ちのまま、俺は意識を手放した。





目が覚めたら、隣に穏やかな顔で眠るAがいた。

髪を撫でようとしたはずの俺の手は、ただ空をかいただけだった。


夢の中でさえ、叶わない事実

会いたいという気持ちだけが募って、痛いほど切なかった。



「ずっと一緒なんじゃなかったん？」


静かな部屋に、俺の声がもんもんと響く。

テーブルの上には、渡したばかりの指輪が２つ転がっていた。




もう、過去の日常が戻らないことは分かっている。

それでも、Aがいる日常を求めてしまうのは、俺が弱いから？




＿＿＿＿＿＿＿＿

深夜の病室で、Aは静かに言った。


「ばいばい哲人」


「なに言うとん？行っちゃだめや！」


「お互い、辛い思いをするのはもうやめん？」


「……！！」


「お別れの時くらい泣かんでや」


「待って！！」


＿＿＿＿＿＿＿＿



…………そうや、

これを最後の恋にしようだなんて、

そんなバカみたいな願いできんかった。



だって、

どう足掻いても、Aは俺の隣におらんのやから。






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