美少年 【嘴平伊之助】

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やっと伊之助が意味の分かる問いかけをされたのは、初めて会ってから五日目のことだった。



＊

「ねぇ、猪さん。お名前はなに？」
「…。嘴平伊之助」


その頃には伊之助もあっち行け、離れろ、といった言葉が女に通じないのを諦め半分で理解していて、警戒の色を全身から滲ませつつも律儀に名乗ってみせた。


「伊之助かぁ。…うん、いい名前だね」
「…お前は言わねぇのかよ」
「え、名乗っていいの？友達になってくれるってこと？」
「…友達？」


意味が分からなそうに首をかしげた伊之助に、「なってくれないの？」と同じく首をかしげるA。


そんなAに「友達ってなんだ？」と至極真面目な声色で問いかけた伊之助は、「友達、友達…」と繰り返して考えこむように腕を組む。


「なに、って…友人？同志？…隣人？」
「友人〜？…意味が分からねぇ」


意味が分からないの意味が分からないAは、「え、…ん？」と言葉にならない声をあげたあと、しばらく考え込んで、やっと意味が分かったように手を叩く。


「分かった！もしかして、山から出たことないとか？」
「？もちろんねぇぞ」
「やっぱり！…え、じゃあ言葉はどうやって覚えたの？」


Aの疑問に「じいちゃんが教えてくれた」と答えた伊之助は、「百人一首、とかいうやつだったか」とご丁寧に補足までしてくれる。


「百人一首を覚えてるの？雅だねぇ」
「…雅？」


再び首をかしげる伊之助に、この三日間首をかしげるばかりでほとんど会話にならなかった伊之助の行動に合点がいって、Aは嫌われてたわけじゃないのか、と未だに向けられる警戒の色に気付いていないのか、能天気にもそんなことを考えていた。

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