43:その後(5) ページ43
―バリバリ。グシャグシャ。バキバキ。ゴクン。
｢なんつったっけ、あいつの名前｣
｢誰の事だ｣
｢ほらヒョロがりで、女みてーな顔した女中もどき｣
｢ついにボケたのか？お前は仲良くしとったろうが｣
｢名前を呼ぶ様な仲じゃねぇよ…。まだ居んのか？そいつ｣
｢お前には関係のない話だ｣
禪院のジジイを呼び出した理由は、過去の亡霊に縋り付きたくなったからじゃない。
好いて愛した女が死んだ。慈しむ様に俺達の子供を抱いた姿は今でも目に焼き付いてる。諦めて全部ほっぽり出して、手に入れたのは。あの時の俺はこの上ない幸せを掴んだ。そう確信した矢先だった。
｢俺のガキだが、ありゃ完全に持ってる側だ。五、六歳、術式の有無がハッキリしたら、オマエらにやらんこともない｣
最初から手を出さなければ、俺が家を出なければ、どれからやり直せば良いのかなんざサッパリ分からん。ただの気の迷いでも、喜びを錯覚した訳でもない。優しさに救われてそれを享受して、人並みに喜怒哀楽の感情を得られたのに、奪われて壊れただけで。
｢勿論、金次第だがな。相伝の術式なら八。それ以外でも七はもらう｣
｢ハッ。相伝なら十やろう｣
御当主のジジイから色良い返事を聞いてその場を後にする。屋敷にまだお前が居るのなら、きっとこの事実を笑わない。曖昧でも確かなのは、最悪の再会だと言って悲しそうに俺を見限るだろう事と。誰よりも、体を張ってでもガキの味方になるだろう事。
ヘタすると自分の立場が悪くなっても、世話を焼く可能性すらある。
『恵をお願いね』
｢(俺にとってはゴミ溜めでも、術式があれば幾分ましだろ)｣
結局の所。女の手から受け取ったのは俺にとっては無責任な優しさで、期待して損をしただの何だの文句を垂れ流す位なら、手放す。それが俺の選んだ行動。
｢(もう、どうでもいい)｣
『な…ら。殺して』
楽しい時に死にたいと言った奴が、どんな絶望の淵で死を望んだのか、今なら理解してやれる気がした。楽観的なのか、退廃的なのか、分からない微妙なラインに立ってるお前も、きっとそう。
｢(どうでもいいんだ)｣
俺は自尊心を捨て、自分も他人も尊ぶことのない。そういう生き方を選んだ。そして、俺とお前の間に有った大きな違いは恐らく、お前は自尊心を捨ててない。自分も他人も尊ぶ。そういう生き方。
取り留めのない自問自答の片隅で俺に問題を提議する。そんな奴の姿は忘れもしない笑顔の誰かで。
｢(やっぱ、男の名前覚えんのは苦手だな)｣
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作者名：ゆきみ大福 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/mutsuki159/
作成日時：2021年6月12日 11時
