終_深雪 ページ21
「――終わりだ。俺たちの負け、だそうだ」
「負けていない。たまるか。――終わって、たまるか。たまるものか」
とある戦場でのことである。どこでもありそうな会話だったが――ここで負けを認めているのは、敗者である政府軍のトーマンだった。彼は、片手でナイフを掲げるカイの腕を捉え、静かな瞳で彼を見据えた。とっくに無線によって政府の降伏は告げられていた。
「先ほどの無線、お前にも聞こえただろう？」
「聞き間違いかもしれないだろう。信じない。俺は、信じない」
空で留められていることでやり場のなくなった腕に込められた力が、カイの腕をがくがくと振るわせる。その腕、握られているナイフを見上げていたトーマンの視界に、はらり、と白いものが舞った。
「これは――」
「やめろ」
それは、一枚の紙だった。
はらり。見上げると、それはまるで雪のように無数に降りてきている。先に地面に落ちたものを、周囲の者達は広い、読み上げていた。
「統一政府の――」
「違う！ 嘘だ！ 戦いはまだ終わらない！ 終わっていない！」
「降伏……？」
「文字の統制を」
次々と読み上げる言葉が輪唱のように重なる。そんなことなどされなくても、その内容をカイは知っていた。何しろ、これを起草したのは自分なのだから。
声が、紙が、次々と折り重なる。埋めていく。
やめろ。やめろ。やめろ。埋めるな。そのたびに、記憶の中のカナタの顔がうっすらと、道が新雪に覆われていくようにぼやけていく。
『気持ちの整理くらいついたさ』
何故、お前らはそうも割り切れる。
『俺だって、生きていてほしかった』
何故、お前はそうやって物語にできる。
俺はまだ、何一つ整理すらできず、ただ彼女の輪郭がぼやけていくのを眺めていることしかできないのに。そしていま、その痕すらも。雪の上につけた足跡が、新たな雪によって覆い隠されていくように。砂時計の砂はとっくに落ち始めていたのだと、今更ながらに気がつく。
――だからもう、俺は、この火を燃やし続けること以外で、彼女を忘れない方法が思いつかなかったのに。
砂時計の、最後の砂が落ちる。カイの体はトーマンへ覆いかぶさるよう崩れていった。
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