31、ずるいね私もそうなりたかった ページ31
××
彼はちゃんとお風呂に入ってるだろうか、と思いながらAは浴槽に足を入れた。芥川と違い、Aは風呂に入る時間が好きだった。汗も涙もすべてを洗い流してくれる時間だ。
「替えの衣服とタオル、置いておく」
「はーい！ありがとうございます！」
扉越しの織田に返事をして、Aは更に肩まで浸かる。五分、十分。進んでいく時計。もう少し浸かっていたかったが実家の風呂場で寝てしまい、あわや溺死寸前になったことを思い出しそのまま上がることにした。
織田が用意したぶかぶかのシャツに袖を通し、洗面所を出る。小説を読んでいた織田はAに気づくと顔を上げた。
「髪はちゃんと拭け。風邪を引くぞ」
「えーでも面倒じゃないですか」
織田は大きな溜め息を吐くと、Aを洗面所まで引っ張った。そのままドライヤーで髪を乾かしてやる。どの子供よりも手間がかかる女だった。
「ふふ。私が髪を乾かさないで寝ようとするね、お母さんがいつも乾かしてくれたんですよ。髪は女の命なんだから！って。鬼の形相で」
「面白いな」
「でしょう？私ね、お母さんに乾かしてもらいたくて、わざとそのままにしてたんです。作之助さん、お母さんみたい」
「お父さんの次はお母さんか」
彼女の真っ黒な髪はこれでもかというほどにたっぷりとした艶があって、なるほどたしかに母親の手入れが行き届いてることを感じた。
「なんか眠くなってきました」
「子供はもう寝る時間だからな」
「む。子供じゃないです」
けれど、蒲団を敷いてやったら彼女は倒れ込むようにして眠ってしまった。織田は少し笑って、風邪を引かないようにと掛け蒲団をかけてやる。それから万年筆を取って、原稿用紙に向き合った。
*
「───こん世界のあんたはえらく幸せそうで、なんやむかつくわあ」
Aは、また、あのわけのわからない世界に立たされていた。またか、という顔をする彼女に「そんな顔せんでも」と男は笑う。
「ずるい」
昨日も現れた狐の仮面の少女が、唇だけを動かして云った。
Aはその少女を見つめる。狐。Aはこの少女を知っているような気がした。気がするだけ。いつかのときと同じような感覚だ。少女のその、狐の仮面を引き剥がそうとしたとき、足元が崩れ落ちた。落下。
「───私のせいなの。あんたがそんななのは」
母の声。けれど、そんな言葉、聞いたこともない。
これは、だれの、記憶？
**
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ナツロ - 初めまして、ナツロです。本編を読んでみて思ったのですが、本当に七竈ちゃんて母親一筋な子供なのですね。鉄道に興味を持ったのも母親が旅人だったからなのでしょうか (2022年6月11日 14時) (
レス) @page25 id: 1ff4849388 (このIDを非表示/違反報告)
柊あんず(プロフ) - 白氷さん» コメントありがとうございます！そうですそうです、可能世界でも一人一人に人生があって、そこを生きる彼らにとっては可能世界こそが現実でほんとうなんだ、というのを意識して書きました…そこに気づいていただけてすごく嬉しいです…！本編でも宜しくお願いします！ (2022年2月23日 16時) (レス) id: 69139934db (このIDを非表示/違反報告)
柊あんず(プロフ) - めめたさん» コメントありがとうございます〜！別の世界線でも同じ人を好きになるほどの運命力みたいなものはないので…太宰さんは原作からもうひたすらに織田作一途なのでそこの部分をあらためてちゃんと書けてよかったです笑 本編でも宜しくお願いします！ (2022年2月23日 16時) (レス) id: 69139934db (このIDを非表示/違反報告)
白氷(プロフ) - 完結おめでとうございます。繊細な文章の裏に込められた彼等の感情、生きる世界が素敵でした。例え可能世界でも一人の人間として各々存在しているんだ、と改めて思い直しました。彼等のBEAST軸の世界を味えた事が嬉しいです。更新お疲れ様でした！ (2022年2月20日 19時) (レス) @page50 id: 41a7177033 (このIDを非表示/違反報告)
めめた(プロフ) - 完結おめでとうございます！！めちゃくちゃ洗練された終わり方でさすがあんずさんや…と感動しました😍😍 別の世界線でも同じ人を好きにならないというところも好きです！太宰さんの性格も解釈一致でしかないです！！お疲れ様でした💓 (2022年2月20日 2時) (レス) id: 4037ff8461 (このIDを非表示/違反報告)
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