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彼は生きている、その心臓は確かに動いている。
しかしながら彼は命と同じぐらい大切なものを失ってしまったのだ。
苦しくて、苦しくて死んでしまいたい。
そんな想いが全身から伝わってくる。それなのに私は生きていると事実がどうしようもなく嬉しかった。
「……なぁ、頼む……帰って、」
「──君の心臓を私に預けて。」
「は？」
「いらないというのならその命を、その心臓を、君の中で確かに燃えていた信念を、あなた自身を私に預けて。」
「1人の作家として私はそれを燃やし続けるわ。」
「……なん、やねん、それ。」
「わけわからん。」と言いながらぼろぼろと大粒の雨を降らすトントン。その涙を拭ってやることは決して出来ないがその火を絶やさず燃やし続けることは出来る。
「私が君のためにできる唯一のことよ。どうか預けてくれないかしら？」
「………俺の命と同じぐらい大切なものや。やから、大事に、大事にしてや、先生。」
「もちろん。」
それから私が知らない彼の話を聞いた。
辛いことも悲しいことも、嬉しいことも幸せなことも全て。
彼の声で共に過ごすことが不可能であった日々を辿り、気付けば2度夜が明けていた。
クローゼットから少し離れカーテンを開ければ朝日が登り痛いほどに眩しい光が私たちを照らす。
ただ黙ってそれを見つめていれば何かが頬を伝い、それが涙だと、そして共に湧き出る感情が愛だということに気づくのに僅かばかりかかった。
「ねぇ、トントンくん。」
「ん？」
「私はね君の涙を脱ぐってやることも出来ない女なんだ。」
「それでもね、君のことが好き。ごめんね、いきなり。でもね。伝えたいって思ってしまった。」
「……ごめん、ごめんね。困るよね、忘れて、」
「Aさん、俺はあんたの涙を拭ってやることも出来ん男なんやで。」
ここで泣くのはずるいと知りながらも1度溢れた涙は止まらず乱雑に拭う私の背中に向かってトントンはそう話しかける。
「それでもなあんたの隣にいたいと思ってしまう。」
「──好き、好きなんや。初めてあったその日からずっと。」
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