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8 汝が人虎なるや?(上) ページ10

個室に入って鍵をかける。

清潔に保たれているその中で、小さく嘔吐く。
太宰さんからの圧とか緊張とか諸々で、思わず口にしちゃったのが「餡蜜」って……。
いやまあ"あ"行だからパッと出ちゃっただけなんだけど、よりにもよって甘いもの──


『気持ち悪…。餡蜜とか云うんじゃなかった』


口の中に残る甘ったるい餡と、ぐにょりとした餅の不快な感覚に、吐き出したくなるのを押し込める。
国木田さんのご厚意を無駄にする訳にはいかない。



何度かの深呼吸の後、呼吸を整え、個室を出た。

手を洗い、口の中を軽くゆすいでから、御手洗から出た時には敦君は国木田さんに組み敷かれるようにして引き倒されていた。


『わぁ、なんて戻りずらい雰囲気…』


──帰ろっかな


そんなふうに一瞬思ってしまったが、私はこの中に飛び込んでいくと自分で決めたのだ。
ここで帰ってしまえば今までのあれやこれやが凡て水の泡だ。ついでに無理矢理に餡蜜を押し込んだ努力も!



「まあまあ、国木田君。君がやると情報収集が尋問になる。社長にいつも云われてるじゃないか」
「……ふん」
「あ、ほらAちゃんもこんな雰囲気じゃあ戻りずらいってさ。…ね?」



不意に私の方を見た太宰さんは、チョイチョイと手招きをしている。
彼に招かれるままに、太宰さんの傍によった。


店内で騒ぎが起こったせいで、周囲からの視線が刺さって仕方がない。
居心地…悪いよぉ。

『お気遣いありがとうございます』

本当にお気遣いから来るものかは疑問が残るけど。
戻るタイミングを伺っていたのも事実なので。


「どういたしまして。…さ、それで?」


太宰さんが敦君に続きを促す。
国木田も太宰さんも好奇の的になっていることにスルーを決め込んでいる。
ええ、精神鋼かなにか??

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作者名:砂上 | 作成日時:2023年3月21日 18時

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