検索窓
今日:6 hit、昨日:9 hit、合計:6,839 hit

4 入水のちに飯(上) ページ6

『平気?』
「な、なんとか…。なんなんだこの人…」


二人でびしょびしょになった男を引き揚げる。
そうだったこの人身長高いんだ…。
気を失ってる人間を引き摺るだけでも大変だというのに、輪をかけて疲れる。


そんなこんなで男を川から引っ張りあげた時には、私は既にヘトヘトになっていた。
少年は水を飲んでしまったせいか咳き込んでいるものの、ケロッとしている。


…これが運動不足との差か…


あー、めちゃくちゃ疲れた…。
私が思わずその場に座り込んだその時、今のいままで気を失っていた男の目がパチリと開く。


「うおっ!あ、あんた川に流されてて……大丈夫?」
「──助かったか。…君達かい?私の入水を邪魔したのは」


濡れ鼠な男が、呆然とした様子で佇む少年と、座り込んでいる私に視線を向けた。
男──太宰さんと目が合う。

海の底のように光の差さない黒い瞳の中に、茫漠とした顔が映っている。
私はいまそんな顔をしているのかぁ。
他人事のようにそう思った。


「僕はただ助けようとしただけで─入水?」
「そう。入水だよ知らんかね?つまりは─自. 殺だよ」
「は?」


そのまま視線が逸らされる。
二人のテンポのいい会話をぼんやりと聞きながら、立ち上がって大きく伸びをする。


『なんとも愉快な人を釣り上げちゃったね。少年』
「愉快?…愉快、かなぁ?」
「愉快だと云われるのは新鮮だなぁ…」


濡れそぼった砂色のコートを絞り終えた彼は、肩を竦め大きな溜息をひとつ。


「まあ、人に迷惑をかけない清くクリーンな自. 殺が私の信条だ。だのに君たちに迷惑をかけた。これは此方の落ち度、何かお詫びを──」


と、少年のお腹が大きく鳴いた。
一瞬、辺りが静まり返る。


そういえば数日食べてないって言ってた…。
大人一人を引き揚げるなんて大仕事をした後だ、尚更お腹が空くのは道理だよね。

5 入水のちに飯(下)→←3 はじまりの川辺にて(下)



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.6/10 (28 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
83人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:砂上 | 作成日時:2023年3月21日 18時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。