4 入水のちに飯(上) ページ6
『平気?』
「な、なんとか…。なんなんだこの人…」
二人でびしょびしょになった男を引き揚げる。
そうだったこの人身長高いんだ…。
気を失ってる人間を引き摺るだけでも大変だというのに、輪をかけて疲れる。
そんなこんなで男を川から引っ張りあげた時には、私は既にヘトヘトになっていた。
少年は水を飲んでしまったせいか咳き込んでいるものの、ケロッとしている。
…これが運動不足との差か…
あー、めちゃくちゃ疲れた…。
私が思わずその場に座り込んだその時、今のいままで気を失っていた男の目がパチリと開く。
「うおっ!あ、あんた川に流されてて……大丈夫?」
「──助かったか。…君達かい?私の入水を邪魔したのは」
濡れ鼠な男が、呆然とした様子で佇む少年と、座り込んでいる私に視線を向けた。
男──太宰さんと目が合う。
海の底のように光の差さない黒い瞳の中に、茫漠とした顔が映っている。
私はいまそんな顔をしているのかぁ。
他人事のようにそう思った。
「僕はただ助けようとしただけで─入水?」
「そう。入水だよ知らんかね?つまりは─自. 殺だよ」
「は?」
そのまま視線が逸らされる。
二人のテンポのいい会話をぼんやりと聞きながら、立ち上がって大きく伸びをする。
『なんとも愉快な人を釣り上げちゃったね。少年』
「愉快?…愉快、かなぁ?」
「愉快だと云われるのは新鮮だなぁ…」
濡れそぼった砂色のコートを絞り終えた彼は、肩を竦め大きな溜息をひとつ。
「まあ、人に迷惑をかけない清くクリーンな自. 殺が私の信条だ。だのに君たちに迷惑をかけた。これは此方の落ち度、何かお詫びを──」
と、少年のお腹が大きく鳴いた。
一瞬、辺りが静まり返る。
そういえば数日食べてないって言ってた…。
大人一人を引き揚げるなんて大仕事をした後だ、尚更お腹が空くのは道理だよね。
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作者名:砂上 | 作成日時:2023年3月21日 18時