4-33.ぶりっ子ちゃんの春眠 ページ34
――ふわ、と優しく耳をくすぐられた。
目を開けば、生き生きとした緑が入り混じった春の地面を寝床にしていたことに気づいた。うつ伏せのまま目を動かすと、ツインテールを結ぶ仕事を休み、耳元で添い寝する二本のリボンがあった。しかしカチューシャはどこにもなかった。気だるい体を少し起こし、寝ぼけ眼で地面を見つめる。知らぬ間に解かれた髪がそよ風に揺れた時、辺りの葉陰もゆらりと揺れ動いたので見上げてみると、鮮やかなピンク色の花が咲き誇っていた。桜よりも濃いその色。どうやら、桃の木らしい。
桃の木は一本だけではなかった。両側に等間隔に並び、お互いに枝を絡ませてアーチを作っていた。ぼんやり前方を眺めると、その一本道がずっと続いているのが分かる。
リボンを拾い、あても無くアーチをくぐり始めた。桃の花のピンク色は紅に近かったり、白に近かったり。満開ではないらしく、蕾もちらほら見かける。考えることをすっかり忘れて桃色の景色を楽しんだ。その時、突如水色の塊が横切った。わたしに一番近い梢にとまって苦しげなしゃっくりを二度三度繰り返したかと思うと、死んだように押し黙った。へんてこな鳴き方の「小鳥さん」だなあと、ちょっと水を差された気分になった。
歩みを進めていると、背後から蛍のようなものが視界を掠めた。丸いほのかな光から、つまんだだけで破れそうな薄い銀色の羽が生えている。これがわたしの言う「妖精さん」なのだろうか。
「こんにちは」
柔らかな声で挨拶してきた。他の妖精さんもふわふわ往来しながら口々に「こんにちは」と言ってくる。こんにちは、こんにちは、こんにちは……同じ言葉に、同じ声調。折り目正しくて、優しい妖精さん。なのに何故かゾッとしてきて、後ろを振り返った。
何も無い!
透き通る青天井も、今しがたくぐった桃の花のアーチも、具合の悪そうな水色の小鳥も、春めく緑の地面も、全部、全部――。前はちゃんとあるのに、一歩後ろは霧がかったように何も見えなかった。
前に出口があると信じて走った。逃げても逃げても背中から虚無に呑まれていくような気がして、前だけ向いてひたすら走った。
やがて前方のアーチが途切れた時、青が広がった。海なのか、湖なのか。目を凝らした。
あれは……
離れ小島……?
不意に耳奥がセミの合唱のように騒がしくなった。目を開けていられないほどうるさい。思いっきり首を振り、その喧騒を払いのけると……。
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やま(プロフ) - 更新待ってます!! (2021年9月19日 18時) (レス) id: 0eb68c7075 (このIDを非表示/違反報告)
柚子 - もえたん可愛いですね!私自身、ぶりっ子の事が嫌いまでとはいかないけど少し苦手意識があったんですが、この作品を読んでぶりっ子への意識が変わりました!ありがとうございます!これからも更新頑張って下さい!! (2021年8月24日 1時) (レス) id: 12dcb448c9 (このIDを非表示/違反報告)
夜瑠 - 面白くて、『一周回ってぶりっ子を許せる小説』から一気見しちゃいました!!皆大好きです!!次の更新楽しみにしてます!! (2021年7月19日 19時) (レス) id: ef33b3228d (このIDを非表示/違反報告)
桜夜桜もち - こんな一生懸命で可愛いぶりっ子なんて許す以外に方法あります…?! (2021年7月17日 15時) (レス) id: 54667db88c (このIDを非表示/違反報告)
豆の字(プロフ) - リカさんさん» ありがとうございます!!お楽しみいただけてとっても嬉しいです!これからもぶりっ子の可能性を発掘していきます!偏見や先入観だけで片付けるには、あまりにももったいない逸材なので……! (2021年7月16日 18時) (レス) id: dee9e908a6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:豆の字 | 作成日時:2020年3月30日 18時