Cocktail poison (ページ5)

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2杯目:コロネーション(2) ページ5

表通りの光を薄く反射する扉を開けると、カラン、と扉につけられたベルが客の入店を店員に伝える。
　毎回少しずつ位置は違えど、いつもの場所となったカウンターに腰を下ろす。今日はフロアに出ていたバーテンダーの青年がこんばんは、と後ろから声をかけてきた。

「こんばんは。今日はフロアなのね…なんだか新鮮」
と言うと、青年は少し困ったように笑いながら、グラスをカウンターテーブルにそっと置いてカウンターの中に入っていく。

「渋滞に巻き込まれて、先ほどやっときた先輩のカバーですよ。注文を覚えるのは苦手なので苦労しました…」
「いやね。バーテンダーなんて、そういう接客が仕事みたいなものじゃない」

　青年は私と話しながらカウンターに置いたグラスを手に取り、丁寧に洗っていく。澄んだグラスに澄んだ水がついて、自分が歪みながらも写っているのを見ていると、自分が綺麗なものに混ざっているかのように思えてくる。

　終わった会話をまたひとつ紡ぎ直そうとして、そういえば、と気づく。この青年の名前はなんだっただろうか。聞いたような、はたまた一度も聞いたことがないような、不思議な感覚に陥った。
　このバーテンダーの青年との出会いを思い出してみるが、それらしい名前を思い出すことはできなかった。それならば。

「……いいかしら」
「はい、ご注文が決まりましたか？」

　グラスも片付け終わり、静かに立っていた青年に声をかける。失礼を承知で聞くのだけれど…と前置きをして、つい先ほど思い至った疑問を投げかける。

「私、貴方の名前を知らないの。ここまで仲良くなれたんだし、名前を聞いてもいいかしら」
「私の名前、ですか…？」

　思いがけない質問だったらしく、少し目を丸くした青年はしばらくしてから口を開いた。

「…ソル、です。改めてよろしくお願いします」
「…いい名前ね。こちらこそよろしく、ソル」

　照れたように頬を染めた青年に、思わず目を細めてしまうような眩しさを感じる。裏通りにあるとは言え、ここはやはり『表』の世界なのだと思い知らされる。自分のような汚れた人間とは違う、純粋な笑み。手を伸ばそうとも届くことのなくなってしまったその世界。

　……いや、今となっては自ら入った道なのだから、後悔はない。そんなことを考えて呆けていたら、注文を済ませていないことに気づいてしまった。