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「好きな人はいますか?」





なんの脈略のない質問に驚いたように目を丸めた彼は少し困惑げにして私を見る。この人は決してわたしから目をそらすことをしなかった。それがあの時はどうしよもない罪悪感と、どうしてなんだと責める気持ちで真正面から受け止められなかった。






「それを聞く理由を聞いてもいいかな?」
「少し気になって」





少し気になった。随分と簡素でそれでいて他人事だ。この10年間に溜め込んだ気持ちはそんな一言で片ずけられるものじゃなかったのに。





少し考え込むように視線をずらした彼はどこか遠くを見据えて薄く口を開いた。





「ずっとね、好きな人がいるんだ。どこか君に似ている気がするよ。訳あって彼女とは一緒になれなかったんだけど……」



カタリとソーサーに置かれたティーカップが音を立てた。ここはポアロとは似ているようで全く違う亜空間だ。懐かしさを覚えるのはシミのついたカウンターと、椅子と机と、それからコーヒーの香りと、褐色の肌にミルクティー色の髪を持つ男。





「愛してるんだ」





細められた青い瞳が暖いライトの熱で深く深い深淵へと沈んでいく。そこにある感情も温度も熱もきっと過去である10年前だったら気づけなかった。あの、避けることしか己を守れず、誰にも言えなかった秘密への罪悪感から逃げることしかできなかった私は、安室透をどう思っていたのか。




「母は死にました。1年前です」
「え……?」
「生涯父一人だけを愛して、死に際私の名前でも、心配でもなく、訳あって一緒になれなかったと言ってるくせに、偽名を使ってポアロっていう喫茶店でアルバイトをしながら探偵をしていた警察官な父の名を呼び続けていた、子不幸な馬鹿で自慢の大好きな母です」
「君は……」




驚きで染まったその顔を見てAは笑う。10年前、避けようと思っても会ってしまうことがあった。その時は息を潜めてその胡散臭い笑顔を随分と大人びた同級生の後ろに隠れて見ていたのだ。でもやっと、やっと見れた本物の表情を見てAは泣き笑う。









「やっと気づいたかばーーか」

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作者名:stella | 作成日時:2019年3月10日 20時

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