第1話-1 ページ37
空き教室で一人、教科書を睨みながら、ノートにペンを走らせる。自らが発生させている音以外に、外部活の生徒の声が僅かに聞こえる教室。ふと耳を澄ませば、少しずつ足音が近付いてきている。気にせず教科書と格闘を続けていれば、その足音が今居る教室の前でピタリと止まった。かと思えば、躊躇いもなくガラリと教室の扉が開けられる。
「おさげちゃん、…こんな所に居たんだ」
声を掛けられて、思わずピタリと筆が止まる。ハァと溜め息を一つ溢してから、足音の主に目を向ける事なく、勉強を再開する。
何故そうしたか、そんなのは決まっている。顔を上げなくとも誰が来たか分かったからだ。「おさげちゃん」なんて、ふざけた名前で私の事を呼ぶのは、この学校でただ一人…霧原陽人しかいない。
声の主は私からの反応が無い事は気にせずに、軽い足取りで教室に入ると、教壇に立った。
「…ねぇ、おさげちゃん」
教壇に陣取った彼は、少し身を屈め、教卓に頬杖をついて私を見つめた。そうして、少しトーンを落とした声音で、呟くように名を呼ぶ。ペンの手は休めずに、その声に少しだけ耳を貸した。
「俺と付き合って」
変わらぬ調子で紡がれた言葉に、思わず顔を上げる。目が合うと、彼は「やっとコッチを向いてくれた」と、安堵する様に薄らと笑みを浮かべた。そんな彼の微笑みに面食らいながら、軽く息を吸って吐き出した。
また、彼お得意の揶揄いモードか。
何も答えたくは無かったが、目を合わせてしまった手前、逸らすのも癪に触るし、何も返さないのも気まずい。重い口を開いて、とりあえず言葉を返す。
『……何か買いたいものでもあるの?』
そう言うと、目を丸くして、それから口元を手で押さえるようにして笑いを堪えた後、態とらしく大きな咳払いを一つした。
「違う違う。…俺はね、おさげちゃん。恋人になろう、って言ったんだよ」
今度は私の方が驚くことになる。無意識の内に、「何で」と言葉が漏れた。
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作者名:シメ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/b78ff5dd8c1/
作成日時:2023年8月20日 13時