幕間:或る物理学者の苦悩 ページ1
「________様」
純粋さを秘めた其の声に、青年は振り向く。
「……何です?」
昼下がりの光が、カーテンの揺れる部屋に差し込んでいる。
二人の影が壁を柔らかになでる。
青年の前には一冊の本。
そして、其れを腕に抱いている少女。
「あぁ、其の本でしたら、差し上げますよ」
陰の差す青年の微笑と、予想外の答えに、少女は一瞬動揺を見せる。
「然し――」
そうして開きかけた口を、青年の指が塞ぐ。
其れと同時に、青年は椅子から立ち上がり、少女の顔に近付いた。
「貴女の為に用意したものですから、其れは」
何時も此の紫色の眼に魅かれてしまう自分がいる、と。
彼女は赤面して俯いたものの、直ぐに青年に向き直り、此方も笑顔で応えた。
「有り難う御座います。
大切に使わせて頂きますね」
「えぇ。
そうして下さい」
少女は一礼し、来た時と同じように――少し急ぎ足ではあったが――そっと扉から出て行った。
青年は彼女の気配が遠ざかって行く中で、軽く溜め息を吐いた。
此の幸せが、何時まで続くのだろうか。
既に其の答えは知っている筈だった。
ただ、向き合えないでいるだけ。
其れが他の何よりも嫌だった。
青年は再び机に向かう。
年期の入った万年筆で、広げられたノートにインクを乗せる。
そう云えば少女は此の式が好きだった、と思い出に浸りながら記号の羅列をつなげる。
λ=ℎ/mv=ℎ/p , ν=E/ℎ
そして微笑む。
今はまだ此の儘で善いのだと、自分に言い聞かせるように。
そうするしか方法が無かったから。
ノートの空白が、青年の心を表しているようで、彼は其処にこう書き足した。
「ド・ブロイの関係式」
――其の物理学者が愛した少女の髪は、青かった。
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ゆん(プロフ) - 雰囲気がとても好みで素敵な作品と出逢えて嬉しいです( ˇωˇ )更新楽しみにしてるので、無理なく執筆していただけたらと思います…! (2017年12月9日 19時) (レス) id: 0cbe72cb46 (このIDを非表示/違反報告)
暁(プロフ) - 呉 モヨ子さん» 呉さんのような方に云って頂くととても嬉しいです!有り難う御座います。お互い頑張っていきましょう!! (2017年11月12日 6時) (レス) id: bb7017a714 (このIDを非表示/違反報告)
呉 モヨ子 - お邪魔します。続編おめでとう御座います!これからも頑張って下さい! (2017年11月11日 7時) (レス) id: e69ac68703 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:暁 | 作成日時:2017年11月11日 5時