間に合ってます ページ37
｢綿座さん、いらっしゃいましたー！｣
何度来ても、この空気には慣れない。
やっぱりこの業界は少し変わった特別な世界だし、普段日陰で仕事をしている私にとっては眩しく感じる。
できるだけ誰の目にも留まりませんように、と気持ち肩幅を狭くして端っこにいると
｢おはよ、綿ちゃん。｣
と、にやりと効果音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる深澤さんがふらりと現れた。…見つけないでよ…。
｢あれ、深澤くんもうそんなに綿座先生と仲良くなったのー？｣
なんて、プロデューサーさんにまで見つかって茶化される。意味もなくヒヤヒヤするからやめてよ…。
たしかに綿座でも、"綿ちゃん" だけども！
別に、実は友達なんですって言っちゃえばいいけど、誰にも内緒の関係がどこか優越感というか…？一緒に秘密を抱えてる共犯って感じがして、なんとなく浮ついちゃって言い出せないのはもう許してほしい。
誰にもバレたくない、なんて傲慢かな。
｢そうなんすよー。しかも年齢聞いたら27って！俺より年下の子がこんなもん書くなんて信じられないですよ。笑｣
｢恐縮です…｣
｢27歳なんだ？！てか、綿座さんこんな可愛いんだから顔出しとかすればいいのに！｣
｢…恐縮です…｣
｢あは笑、恐縮ですロボットになっちゃった。｣
｢てか綿座さんて珍しい名前だよねー。これペンネームなの？｣
｢あ、はい、一応…｣
｢本名は？なんていうの？｣
そう聞かれて、本名に特に抵抗がないし、と口を開けようとしたとき。
｢やっぱりそれは野暮じゃないですかぁ？笑 本名は口説く時にでも聞けばいいんですよ。笑｣
なんて深澤さんに遮られた。
｢さすが深澤くんはやり手だなー。笑 楽しみにとっとこ。｣
｢そーですそーです！｣
どう反応したらいいか分からなくて、口も挟めなかった。
談笑していたスタッフさんがそれぞれの場所に戻っていくと、残った深澤さんは
｢んね、Aちゃん？｣
と、得意気に言う。
｢…口説いてます？｣
｢えー？どうだろ。好きにとってもらっていーよ。笑｣
｢間に合ってます。｣
深澤さんから口説かれるのは間に合ってます。…もうとっくに落ちちゃってるんで。
そんな口が裂けても言えないようなことを内心思う。
あは、間に合ってるってなんだそれー、なんて笑われていると深澤さーん、スタンバイお願いします！って声がかかった。
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作者名：あやめ
| 作成日時：2023年11月18日 5時
